THE HOLY LOVE

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Entries

被害者意識を超えて

19日、アメブロ更新しました♪
「今年の目標」

あらためまして、被災された方々に
心よりお見舞い申し上げますm(_ _)m

昨日、近くで火事があり。
黒い煙と燃えかすなんかも少し飛んできて、
ビビりました

後で出てきますが、「三脈の法」をやり
脈が一致してたので、ホっ。
安心して二度寝w

で、火事を見させられた意味を考えてたら、
この言葉がパっと浮かんだ。

「火事場の馬鹿力」

地球の次元上昇に伴う禊が激しくなってきた
昨今、人の底力が試される時が来たのかも
しれません。

非常時にこそ、素が出たりも。

常に「自身はどう在るのか」が問われる。

事象に翻弄されないでいる事は相当
ムズいですが、そうあろうと、努力する
事は出来ます。

冷静さを取り戻す、丹田意識した深呼吸を
習慣づける事で、腹も据わり、
ブレない自分に。

腹が据ったら腹を括って、
こっからどう片付け、
方を付けてゆくか。
実践あるのみ。


寄付と言えば、
311で、赤〇〇が義援金をワクチンに
使ったりしたんで、すっかり信用ガタ落ち。
その後たまたま見てたとこに、どういう団体
なのかが詳しく書かれてて、にゃるへそと

ついったで知った、清水国明氏のブログが
すばらしか。

「ちょっと過激な意見です。」

「これが、炎上ってやつ?なの? 」

「今日出発!レスキュー熊本プロジェクト」

あんまし大きい所はやめて、ちゃんと
届けられるとこを、しっかり選択する、
という事が大切でつネ

物資等も、311の教訓を活かした形で
的確に送り、ボランティア行くなら、
ガチでサバイバル出来るのなら行くとか。

ついったにあったのだが、行った先で
寝床を聞いたり等、逆に迷惑かけて
しまっては、ねっ。

そして、気をつけたいのが、
動く時の、「動機」

他者へ向う前に、自身と向き合う事が
徹底的に問われる。

前も書いたのですが、漢字見たら一目瞭然、
人の為と書いて、「偽り」

一見素晴らしい、世の為人の為。

ところがどっこい、まずは自分と、
そして目の前にいる身内、家族との課題に取り
組まないまま外へ向えば、不調和の周波数を
拡散してしまう事に。

「人間の出す想念の重さ」は、想像以上に
大きく世界に影響を及ぼす。
祈りも、一歩まつがえば呪いとなる。

日暈

再載、佐藤先生m(_ _)m

「あなたの人を助けたい!という想いは
本当ですか?」

音楽療法という仕事は、簡単なことでは
ありません。
音楽療法士になるには、さまざまな楽器や音楽
を使いこなすスキルが必要ですし、
音楽の他にも心理学などのたくさんの勉強が
必要です。

そして一番難しいのは、
このような仕事に就く人には
「内省」が必要だということです。

「人を助けたい!」という想いは、
「自分を助けたい!」という想いの現れ
だったりもします。

人のためになりたい気持ちは素晴らしこと
ですが、その前に、まずは自分が心身ともに
健康であるか、考える必要があります。

なぜなら、自分を助ける前に
人を助けることはできないからです。

欧米の飛行機に乗ると、
必ず次のような機内放送があります。

「緊急の際にはまず自分に酸素マスクをつけ
その後、周りの人を助けましょう」

自分が呼吸困難になってしまっては、周りを
助けることはできないからです。

人のためになるにはまず、自分の心身の
健康を保たなければいけません。

それは、どのような場合においても
言えることでしょう。

音楽療法士になるには、内面を磨く事が大切です。
それは、簡単なことではありません。
ですから、音楽療法士になるには、
それだけの決意が必要なのです。


mさんm(_ _)m

「良く見せたい」「良い人に見られたい」
「褒めて欲しい」「愛して欲しい」

こんな思いでいろんな行為をしていると、
全て奪っていることになります。

愛とは見返りも求めずただやるだけです。

誰も見ていなくても、自然と出来る事です。

席を譲るという本来の愛は、ただ譲るだけで
そこに「ありがとう」の言葉を期待している
自分はいません。

これが宇宙の愛です。

太陽は分け隔てなく、全ての人に
エネルギーを与えます。

そこに見返りはありません。

どうですか?今まで本当に愛の行為を
してきたでしょうか?

良い人に見られたかっただけでは
ありませんか?


ウエダさんm(_ _)m

「同じことをしても、全く違うことになる」

同じ行動でも、その行動の元になった想いが
違うと、全く別のものになります。

たとえば、誰かに料理を作る時。

義務感や褒められたい・感謝されたいという
気持ちから作ったご飯と、美味しいご飯を
食べてもらいたいという気持ちから作った
ご飯では、不思議なことに、美味しさが
全然違います。

同じことをしていても、中にある想いが
伝わるのです。

行動も大切ですが、その元になった想いは
もっと大切。

その想いがエゴからのものだと、
せっかくの行動が台無しになってしまうこと
もあるのです。

何かをしようと思う時、心がざわついたり、
モヤモヤするなら、ちょっと立ち止まって、
その元になった想いを見てみませんか。

立ち止まって、「あ、罪悪感から動こうと
していたんだ」と気づけば、そこで、
「本当はどうしたい?」と、
自分に問いかけることができます。

自分の想いを修正できます。

罪悪感からでも、認めてもらいたいから
するのでもなくて、愛から動けますように。


なぜ外へ向うのか。
そこにエゴはないか。

エゴな動機から動くのであれば、
それは偽善となる。
人の為ではなく、自分の為。

そこんとこしっかり確認出来た上で、
自身の身の丈にあった、ムリのない形で
サポートしてゆきませぅ

クロッカス

強制終了はツライ
原因と結果が今に顕れている中、
カルマに生きるのか、ダルマに生きるのか、
大きな分かれ道。

タイムリーに、カルマについてマナさん
書かれていましたm(_ _)m

わたしたちの究極の目標は、
輪廻を超えることですが、
このように相対世界の現象そのものに目を
奪われている限り、
被害者と加害者のパターンを交互にくり返し
ながら、永遠に相対世界のなかにとどまる
ことになります。

なにかトラブルがあったとして、
それを他人のせいにしている限り、
自分の課題は見えてきません。

けれども、現象はつねに自分の無意識の
テーマである、だから自分にも何か気が付く
べき点があるのではないかという内観の意識の
視点を持つ人は、トラブルという現象の奥に
ひそむ、自分の魂の欠点を見出します。

そうして初めて、変化することができます。

他人のせいにしているうちは、
自分の課題に気が付けないのです。

気がつかないまま寿命を終えると、
それは次回に持ちこされます、しかも今度は
さらに気付きをさとすため、
より強く現象が出ます。

それがカルマです。

人によって課題はさまざまですが、
カルマとは、
自分にはどうやっても気がつく事ができない
無意識の癖です。

気がつかないから、カルマなのです。

気がつけなかったから、
カルマになったのです。

欲望を正当化しているのは、
むしろそこに無意識の課題の癖という
カルマが出ているからです。

放っておくと元に戻っていこうとする魂の
ゆがみを、がんばって鍛えて鍛えて、
まっすぐにし続ける努力をした人だけが、
今生を終えたあとに、
お題クリアのスタンプをもらえます。

そうしたらもう二度と、
そのことで問題は起きません、
なぜならそれがカルマの解消だからです。


輪廻転生解脱レベル、カルマ20%以下、
達成しましたか
詳しいやり方は、過去記事



サバイバルなこの時期を生き抜く為に、
「三脈の法」は知っておきませぅ。

右手の親指と中指で首の上のつけねあたりを
挟み、脈打っているのを確認。
左手の人差し指、中指、薬指を、右手手首、
親指側にあて、脈を確認、
首と手首の脈のリズムが合ってれば、
ダイジョブ、万が一ズレてたら、危険が
迫っているという事。

身体はウソをつかない。

直感を鍛え、筋力反射テストで確認するの
と一緒。

あもーさんm(_ _)m

不必要に怯えたりしないための、

ひとつのツールを皆さんにもおすそ分けしたい
と思います。

きほんの健康講座やエナジーテスト講座、

そして Spirit Walker に来ていただいた
方などに、お話しすることがあるのですが、

人の体と言うのは、顕在意識が認識する以上の
かなり膨大なあらゆる情報を、

もう実は知っている、という信じられないよう
な事実があります。

そしてそれは、これから起こる自然災害にも
及ぶ、ということを教えてくれる方法が、
「三脈の法」 と言われるものです。

具体的にはどういうことかというと、

自分の左右の頸動脈と手首の三か所の脈を取り

もしその三つが揃っていなかったら、
24時間以内に命にかかわるような出来事がある

というものでした。

私が初めてそれを知ったのは、小学生の頃
でした。

なぜか家に 戸隠流忍術34代目宗家 
初見良昭先生の監修した、子供向けの忍者の
本があり、

そのなかに忍者が使った危険予知の法として、
「三脈の法」が載っていました。

そして同じく忍者が編み出した(?)という、
時計を使った方角を知る方法もありました。

こちらはコンパスによって、正しいことが
すぐに確認できたので、

「三脈の法」 も、何かしらの真実が含まれて
いるのではないか・・・
と子供心に思っていました。

体のことに関わるようになって、この方法を
思い出し、

実際に両側の頸動脈と片手首の動脈の三点を
とってみると、

「この三脈がずれるなんてことは、物理的に
あり得ないだろう・・・・。」

と思いました。

「もしそんなことがあるとしたら?」

それは一体どういうことなんだろう・・・?

自分が実際にはっきり確認できた事例は
まだありません。

自分の脈もずれたことがないので。

ただ最近は意識的に、時々脈を取るように
しています。

さいきんさまざまな人からこの話が出ること
が多くて驚きです。

ダウジングの講座でも出てきましたし、

先日参加した矢追純一さんの宇宙塾でも
この話が出てきました。

ダウジングもエナジーテストも、たぶん
まったく同じ体の反応を読み取る仕組みです。

ただ何が違うのかと言えば、
「意図」と「設定」というものが違うのだ、

ということを、先日初めて理解しました。


川内原発について、
こんなつぶやき

もし本当なら、また事態が深刻になってから
発表パターンとかかもしれません。

くれぐれも情報を鵜呑みにせず、
ガイガーカウンター買うなり、
危機管理を、人任せにしない事です。

合わせて読んでいただきたいのが、
原発についての正しい知識。
サトウさんm(_ _)m

「東日本大震災と原発事故から5年を迎えた今
みなさんと共有したいこと」


そして。
すぴ系に欠けがちな「自分の頭で考える」

ナニガシの言葉、オラクルカード、
ブッダやイエスはこう言ったさえもハズし
中庸を保ちながら熟考する事の大切さよ。

それが出来て初めて、自分の足で歩く事が
出来る。

色んな賢人達の言葉を載せさせて頂いて
おりますが、
誰しも、全て答えは自分の中に持っている。

忘れてしまった叡智を、思い出す為に、
参考にさせて頂いているのだ。

そのへんが腑に落ちてないと、
ただの妄信、依存。

お気をつけあそばせ。

Kさんm(_ _)m

「実相!認知的不協和と真実の見極め!」

人 は 周囲 との ズレ や

自分 の なか に 矛盾 する 

考え が 生じると

不協和 状態 つまり 不安 に なり

自分 の 考え や 行動 を

変えて しまう 場合 が ある


周り に 流され たり

自分 の なか に 生じた 矛盾 

から 自分 の 考え や 行動 を

変えて しまった 場合 に

もし それ が まちがって いたら

『 真実 』 から 

遠ざかって しまう


そして

自分 の 大切 な もの を

見失って しまう こと にも 

なりかねない


☆ 『 人 の 言う こと を 

その まま 鵜呑み に せず 』


☆ 『 自分 で 調べ 

とことん 考える 』


この 習慣 を 身 に つける 事で


認知的不協和 から 自分 の 考え 

や 行動 を 変えて しまわなく 

なる

人 に 流されず に 真実 を

自分 で 考えれる よう に なる


こういった 事 を 日頃 から

習慣的 に 行って いると 


物事 の 本質 や 真偽 等 を

見極める とき に かなり 役立ち

ます 是非 おためしください


ラナンキュラス

話をカルマに戻しますが、

「自分にはどうやっても気がつく事ができない
無意識の癖がカルマ」という事で、
では、無意識とは、何ぞや。

「無意識とは、
完全にエゴに捕われ、
偽りの自己で生きている人間の事」
byエックハルト・トール師。

このへんも再載になりますが、
カルマについては、

「通常あなたに起こってくる事がカルマだと
言われていますが、その起こった事に対して
どのようにあなたが反応するか、
それがカルマです。

その反応がその状態を永続させているから
です」
と。

「ペインボディ」という言葉をよく使われ
ますが、過去、過去生から続く、感情的な
負の記憶の事です。

「この地上での不幸の原因、
それは人類の無意識。
ペインボディに、思考や感情を乗っ取られ、
無意識状態となっていることから生じる。
まずは、そこに気づくのが第一歩」
と。



『意識状態に責任を』では、より厳しく、

「もし、人間の意識が変わらなければ、
機能不全の世界が私達を崩壊する事に
なるでしょう。

地球には膨大な資源があるので地球は崩壊
される事はないでしょうが、地球が回復する為
にはかなり時間がかかるでしょう。

ですから、第一にあなたがしなくてはならない
事は、「今」自分の意識状態に責任を取る事
です。

「今」の意識状態です。

私の教えは突き詰めて言えば、
これだけです」
と。
 
色即是空、空即是色。
我々は、気づきの意識である。

さんざん靴、揃えてますかと書いてきた
のも、ちょっとした事でもいかに無意識
に生きてしまっているか、という事に
気づく為。

「意識する」事が、いかにパワフルで重要かを
知り、その上で、自身の選択に責任を持つ
のみ。



恐れを選択する集合意識に呑まれるか、
あい(天意)を選択し、自分で流れを
創ってゆくのか。

そんな5月のエナジーは

チューリップ

待ち時間の終了。
終わりの始まり。

痛みを伴う変化を受けてなお、摂理に背いた
古いパターンにしがみつき、
停滞し続け、更なる破壊を招くのか、
執着を手放し、白紙となって、
新たな一歩を踏み出し、再生を遂げるのか、
待ったナシ。

冷静に霊性に、内観内省し、
気づきを得、目の前に顕れている、
今生の課題に真摯に取り組み、
ネクストステージへと上がってゆこう。

Keyは、素直さ。

静香さんm(_ _)m

それぞれが選択した道は、
今年に入ってより明確になり、
道と道の間には乗り越えられない深い溝が
出来ている。

違う道に行こうととすれば、即刻、
深い溝に落ちてしまうだろう。

私たちはそんな場所にいる。
それは目にはみえないかもしれないが、
感じ取ることは出来る。

違う道にいる人に対して、あれこれと
悩むことは、今いる道から外れることを
意味している。

なぜなら悩むことは、違う道に入り込んで
いることになるからだ。

それが分かっている人は、少ないように思う。

今後私たちは、
自分にやってくる現象に対して、
淡々とすることを、
より求められている。

-*-*-

先日女神さまより、このように言われた。

「今後は、内面が外面にあらわれるように
なります。」

内面が清らかな人は、外面も清らかさが
あふれるようになり、
内面が清らかでない人は、
いくら外面をつくろっても、飾り立てても、
それが分かるようになる。

これまでは内面をいくらでも隠すことが
出来たが、今後はそうはいかないらしい。

すでに敏感な人は、そんなことを感じ
取っているのかもしれない。

大切なのは中身、
とこれまでも言われてきたが、
今後はよりハッキリとしていくのだろう。

よりハッキリと、より加速し、
これまでにないことが、沢山起きてくる。

そんな流れの中に、自分たちがいることを、
もっと自覚することだ。


チューリップ

さて。

今回の地震、陰謀論なんかもあったりしますが
んなもん上回る神仕組みがはたらいており。

霊的視点ですと、日本という龍体の頭にあたる
九州の封印が解かれ、動きだした
阿蘇神社の倒壊は、結界外し。

結界って、守ってるようでいて、
かえって場を淀ませる。
自然の摂理に従い、どこも風通しよく
せなアカン。

で。
象徴的だったのが、余震と本震の間にあった
15日の諏訪大社「御頭祭」。
ホントは鹿頭だけではなく。O~E~
祭りは魔釣り。

生贄と言えば、タイムリーにもWIREDに
こんな記事が。

WIRED 「神への生け贄」
が階層化社会を生み出していた:研究結果


真の神が、場所を選んだり、
生贄や供物を求めるワケもなく。

正神はことごとく封印され、宇宙人や魔神を
崇め奉っていた。

椿さんm(_ _)m
「本当は怖い神社をあなたは
知っていますか?」


「魔法には対価が伴う」
とは、ワンス・アポン・ア・タイムのキメ台詞。
時の権力者達がこぞって、神社仏閣に対価を
払って、家系の安泰や現世利益を祈祷したり
敵を呪縛したり。
そこに民の我欲の願掛けが重なり、
さらなる闇の温床を増やしていったのでした。

儀式、風習、しきたりだからと、何も考えず
従う事で、迂闊にも偽神に魂を売り、今生、
楽させてもらって、死んだ後に自身が生贄
となるシステム。
行きはよいよい帰りはコワイコワイ
(京都風)天丼w

日ユ同祖。
こういったユダヤのカルマを終わらせる
Wake upコール

はぁ 寺は好きなんだがなぁ。仏女やしw

だいたいお掃除は終わってるから、どんなに
生贄捧げたところでシーン。
北緯33度線上での悪魔的事象は、御利益が
なくなった事に焦ってる証拠。
なんせラスボスが光に還っちゃったもん
だから。
いるかの王国の勇者達のお陰

チューリップ

兎にも角にも、心の内が表となるという事で。
これまで辛酸舐めてきた、正直者の
時代到来、バンザーイ

正直者が馬鹿をみる、だったのが、
「正直の頭に神宿る」の世に

なので。
暗いニュースばかりではないのよねん。
天と地が統合された事で、
隠し事が出来なくなって、
原因と結果がすぐに顕れるようになった。
前と違って、タイムラグが殆どなくなってると
思いませんか

おてんと様は、見ている
志高く、希望を持って、
天に恥じない生き方をしてれば、
誰もが天地人となれる。

希望と言えば。
「ゆとりですがなにか」を見てるのですが、
ブラック企業等、現代社会の描写が超リアル
でびっくら。
(実際ブラック企業で働いてたりもした)
あまりに酷い状況で本当にこれクドカン
て感じ。

世知辛すぎる今の社会の中で、押しつぶ
されそうになりながらも、この先、
ゆとりだからこその個性を発揮し、
希望を見出していくのではないかと予想。

まっ単純に岡田くんと、まれでハマった
柳楽くんが見たいだけだったりすっケドw

tower

にしても全てにおいて、Towerそのもの
となったなぁとシミジミ思ってたら、
タオさんがわかりやすく説明してくださって
ましたm(_ _)m

変化という場合、衝撃が伴うことが多いです。
「TOWER」はこれまで自分が積み上げてきた
経験であったり観念であったりします。
「TOWER」を壊さないと次の「STAR」はやって
こないため、「TOWER」の変化は不可避なの
ですが、「TOWER」にしがみつけばつくほど
その崩壊にダイレクトに影響を受けるのです。

意識上での変容がとってもスムースに運び、
現実の変化がそれに伴ってあれよあれよ、と
いう形に進むというケースは、変化において
理想とされやすい姿です。

この理想形に則って変化するからといって
徳が高いとか、そういうことではなく、現実と
してその変化をどれくらい感じたいのか、
という自己の意図によるところが多いと
思われます。

変化による古い観念の崩壊が現実化する
ところまできている、というのは、
それだけ従来の現実にしがみつきたい、
というもう一人の自分の思いが強いという
ことになります。

変化においては、変化の後に進むために、
どうしても推進の力だけにフォーカスされがち
なのだと思うのですが、変化に抵抗する力を
無視していても、前述の「TOWER」の話のよう
によけいしがみついてしまうだけなので、
変化に抵抗する力にどう向き合うのか?
ということも変化を迎えるにあたっては
重要なポイントだと常々思っております。

今の現実は、自分がさんざん脳内会議を
重ねた上で選択してきた現実です。

手放せないものには、それなりの理由が
必ず存在するのです。

ここへ来て、変化に伴う葛藤が現実化して
きているということは、いよいよ手放せない
ものは何なのかってことにちゃんと向き合う
必要があるというお知らせでもあると
思うのです。

それが何なのか。

それを考えさせられるような流れが
やってきています。


チューリップ

エドガー・ケイシー氏のToday's messageが
「かなり、これは役立つ!!是非!!」との事で、
毎日見てたりするのですが、
立て続けに、

「それぞれの人は、絶えず自分自身に
出会っています。

人がその事をよく理解しさえすれば、
これまで他人のせいにしてきた苦しみも、
その殆どが自分に原因のあったことが
わかるでしょう。

そのような経験を通して、
あなたは自分自身に出会っているのです」

「どのような状況にあろうとも、
それを損失とみなしてはなりません。

むしろ、さらに上にあがるための
踏み石としなさい」


と。
このとこ見てるブログに、「被害者意識」
のキーワードがシンクロしてて。

みちよさんm(_ _)m

もうね、
ここに来て 愛 と 愛じゃないものの差が
くっきり出てきている。

これも、宇宙のエネルギーシフトなんですが、
コントラストが余計にはっきりしてきている
ので、その影響で、

うまくいく人
(=愛で人生を素敵に生きられる人)
と、
うまくいかない人
(=恐れで人生がうまくいかなくなる人)
が、パーッと別れてきている。

(前回のブログで書いた「うまくやる」という
表現はテクニックでそれをやろうとしている
人のことで、ここでの「うまくいく」は、いい
波に乗ってうまくいっている♪という意味で
分けて表現しています)

だから、愛にあふれた人は、さらに愛に
囲まれていき、ハッピーになり、
恐れがいっぱいになっている人は、
以前よりさらに恐れにまみれた現実を
体験している、
みたいな感じですね。

クライアントさんでも、身内でも、
どこでもそんな 現象がガンガンに
起きています。

これはもう、避けて通れない。

当然、恐れの現実は苦しいですから、
どうにかしようと策を練ったり、
行動に出るのですが、
しかし、これは行動を変えたら変わる、
というものではなく、
また、誰かに変えてもらおうとして、
変わるものではなくて、

自分で気づかないと、変わらない

という絶対条件の上でしか起きないのです。

具体的に言うと、

被害者意識・感情 を手放さないと、
本当に、ずっと被害者のまま 
(そしてさらに被害者で) 生きることになる 

ということを見せられています。

元にあった、被害者意識・感情が
ぶわ~っと出されている。

それは、本当に長いこと見て見ぬふりを
してきった部分。

思考のレベルで、フタをして、
なんとか行動で補って、
「なかったこと」にしているところ。

そんなのが今、反転作用でクローズアップ
しているから、苦しい。
逆にエスカレートした感じで出されている。

そして、それが表面化すると
いろんなリアルな苦しみに苛まれる。

そこでまた、その苦しみを、
被害者意識のまま(人のせい、物のせい)
にして、周りに不満としてぶつける。

人や物のせいにして、逃げる。

そのエネルギーがまた、引き寄せの法則で
さらに、同じような不満や、
被害者になるようなシチュエーションを
引き寄せ続けていく。

そして同じような被害者意識の人も
引き寄せていく。

被害者体験のオンパレード。。。。
といった感じで。

当然ですが、そこに見えるのは 
愛 とは真反対。

これをね、「どこまでやりますか? 
どこで気づきますか?」 
というところなんです。

もちろん、何かしら意識や感情が、
被害を受けたように感じたことから
こんなエネルギーが生まれているので、
それを責めたりしないでほしいと
思います。

でも、それをキープしていたら、
ずっとそのまま、
いえいえ、今のこの流れで 
掛け算のように "倍増" するんです。

だから、もう気づきましょう 
というところに来ています。

気づくためには、
ちょっとプロセスを踏みます。
だけども、誰でも(自分でも)
できることです。

長くなるので、今日は少しヒントだけ。

魂は、どんなことがあっても
傷つかない 悲しまない 
潰れない 死なない

のです。

でも、傷ついた、悲しんだ、潰された
殺されそうだったと思っているのは、
人間の感情部分なのです。

この違いに気づけば気づくほど、
変化を起こしやすくなります。

魂は、永遠 魂は、完全

「傷ついた 悲しんだ 痛かった 
つらかった 潰された ダメにされた」

は、魂レベルでは知覚されません。

その証拠に、魂は傷ついてないんです。

悲しがってもいません。

痛がってもない。

つらくもないです

潰れてもいないです。

ダメにはなりません。

魂はダイヤモンドのように、傷つかない。

光輝く永遠の生命体 

何からも影響を受けない。

「わたし」として、感情がどんな経験を
しようと

魂は、ただそこで自分を生きている事を
喜んでいます。

被害者意識は、

誰か周りの人に自分がどれだけのダメージを
受けたことをわかってほしくて

いろんな言葉や行動として表現します。

それが外側に出るとき、

時に人はたちの悪いこと(意地悪、いじめ、
パワハラ、モラハラ)をする事があります。

それが外側に出ないときは、

強い自己責任や、過剰な奉仕、または病気
といった形で、

エネルギーを内側に向けます。

これも、
(とっても巧妙なのでわかりにくいですが)

被害者意識・感情の表現のひとつなんです。

感情は被害を受けたと認識している。

でも実際、魂は大丈夫(^^)bで、

今日もちゃんとこの世界に「わたし」として
存在している。

そうやって、感情の上での被害のショック
から、魂を切り離してみてあげることが
できれば

これまで
「こんな目に遭った」と叫んでいる
被害者意識・感情から、

自分を解放することができるのです。


酷い仕打ちや暴言吐かれても、
自分を傷つける事なんか出来やしなかった、
傷いたと、感情や思考が判断してただけで、
魂はびくともしてなかったんだと
気づけたら、涙出ました

みちよさんがリンク貼られてたとこに
ツインの事が書かれてて、偽ツインのとこ
読んで妙に納得

チューリップ

「さそり座の満月エナジー」で書いたのですが、
この先、被害者意識に留まり続けてしまうと、
想念で波動がどんどん重くなり、
生を停滞させ、そこに引き寄せも働くので
より苦しくしていってしまう。

このまま我慢してればよくなるとか
かんつがいし、我慢を重ねれば、
周りで自由に動く他者を見る度、投影する
ので、我慢してる事で怒ったり、こうある
べき、と強要したりして、さらなるカルマを
増やしてしまいます。

だいたい、他者に強要する事って、その実
自分がやらなアカン事だったりネ。

我慢は傲慢、In Deepさんm(_ _)m

「私は素晴らしい世界に生まれて、その世界に
生きている」

現代社会の「我慢」が多くの痛みや病気を
生み出しているかもしれないという事です。

スマートフォンや SNS に拘束されている
ような生活をしている若い人も多いようです
し、そういう生活の中では以前よりも
「小さな我慢の連続」のような事になって
いるのではないでしょうか。

この「我慢」は、美徳的な概念として
とらえられる部分もあるようですが、
山本浩一郎さんの本を読んで初めて知り
ましたが、我慢というのは、

「我が慢心する」

ことを現したもので、
仏教において戒められているものなのです。

たとえば、我慢 – Wikipedia には以下の
ようにあります。

我慢とは、仏教の煩悩の一つ。
強い自己意識から起こす慢心のこと。

四慢(増上・卑下・我・邪)の1つ、
また七慢(慢・過・慢過・我・増上・
卑劣・邪)の1つ。

仏教では人間を固定的な実体として捉え、
自己に執着することを我執(がしゅう)
といい、その我執から、自分を高く見て
他人を軽視する心をいった。

というものです。

この中にある
「自分を高く見て他人を軽視する心」
というのは、実際に何か「我慢」した時
の事を思い出すことでもわかります。

「我慢」する時には、たとえば、
「この人はこんな人なんだから何かしても仕方
ないから、私が我慢すればいい」とか、
「この人に何を言っても仕方ないから我慢
しよう」とか思ったりしている事が
多いのではないでしょうか。

これはすべて
「自分を高く見て、相手を低く見ている」
態度であることがおわかりでしょうか。

「どうせ相手、あるいは状況は
(自分から見て低い)○○○なんだから
(高い自分は)まともにつきあわずにいよう」

これが「我慢の本質」で、
美徳に見える「我慢」という行為は、
実は他者を低く見る態度で、
慢心そのものでもあります。

お釈迦様が「よくない」と言っていたように、
この「我慢」は人の身体や精神に対しても
良くない作用を与えると考えてもいいの
ではないでしょうか。


我慢すればいつかは、は、ない。
キッパリ。

これが自分と思い込んでいる、過去生、
親、先祖、学校、社会、常識から形成された
アイデンティティーを取っ払い、
ガチで己の実相を見つめる事でしか 、
道は開けない。

本質へ還り、
本当に大事な事は何なのか、
ハッキリさせ、
それのみに従って、
魂のままに、動いてゆこう

チューリップ

きゃしさんm(_ _)m

「つっかえている 運命が変わる」

もしうまくいかない事がある、としても、
自分の運命を変えられるとすると、
素敵なことですよね。

運命が変えられる、としたら、
ほんのちょっとの努力は必要です。

それは、
自分の、絶対に隠したい、と思っている
部分を、ほんの少し今変えてみる事です。
絶対にこうじゃなきゃ、いけない、と
思っている部分を少し変えてみる事です。

なぜそんなことをするのでしょう?
どんなふうに、自分が自分の「邪魔」を
しているかがわかるからです。

今までの方法や考え方が今を生んでいます。
であるとしたら、
「本当にまじ、こんな事、できないんです
よね。不得意なんです」と、
人に言えなかった部分。
今まで、「こうじゃないといけない」と
思っていた部分。

その部分を、工夫する事が、
今の問題の打開につながるのです。

たとえば、こんなやり方は、恥ずかしい
と決めつけていたり、
たとえば、こんなことは、やっても意味が
ないと完璧を求めすぎていたり、
たとえば、頑張らないと絶対にうまく
いきっこないと、狭い考え方をしていたり。

それらの変えないと思っている部分から
変えて見られることを真剣に考える事は
非常に有意義です。

これは、今までとは全く違う方法を考え
付かせてくれます。

今まで、こうとしかできなかった事が
どれほど簡単にできて、どれほど、
色々な場で、あなたの人生を変えるかを
小さな事から経験をして行ってください。

それに、そのように真剣に変えられないと
思っている部分に向き合うと、
本当の問題がわかっていきます。

たとえば、なにかを誰かに教えようと
したら、みんなが真似をしてできてしまう
などと、思うとしたら、安全で安心な方法で
教える、という事をしてきていないのかも
しれません。

実は芸能界で生き残るのは、この部分と
向き合った人々のみです。
自分の弱みと思われていたなかから
生み出された強み。

どこかうまくいかないときに
発想を変えることをしたり、
そんな中から自分の個性を生かす事を
学ばないと厳しくなる職業なのかも
しれませんね。

隠さないとならないとこだわっていたものの
統合をしたり、あるいは今まで
「絶対にこうではないとならない」と
思っているものが揺るぐと、
自分が人に受けいられている感じが出来たり、
人を変えようとするイライラが少なくなったり、
自分の方法に自信を持てるようになります。

そしてどれほど、今まで使わなかった方法が
使える道を開いてくれるのかがわかります。

このように、本当に隠れてしまったものを
探し出し、使えるようにする事が、
潜在意識、隠れたブロックを探し出して、
で自分を操っているものにとらわれなくなる
という意味でもあるでしょう。

どうぞ、小さな部分をしてみてください。
「だってここは絶対にできませんから」
という感情や考え方に気づいてください。

すると、正しい道に進みはじめていて、
良い兆しがその日のうちに現れます。

もし、してみたことで、何か自分が予測を
した通りであったならば、
一体なにを信じ込んでいて、
何を創り出しているのか、
そこから新たに
自分自身を見る事ができます。


宿命は変えられなくとも、
運命は、自身で切り開き変えられる。

whyからhowへ。
あとは、全託する。

あゆかさんm(_ _)m

「人事を尽くして天命に“あって”みる♪」

大変であればあるほど、ある意味当たり前です
が、私たちは解決方法を必死に探し求めます。

もちろん、それは言うまでもなくとっても
大切なことです。
きちんと地に足の着いた対処法やサポートをを
探っていくのは前提中の前提です。

たまにスピリチュアルにはまり過ぎている人が
実質的な方法をすっかり忘れて、スピだけに
頼ってしまうのを見かけます。

どんなスピの方法を使っても良いと思いますが
実質的な面をしっかり押さえることも大切です
よね。

話を戻して、私たちは解決しようとするあまり
今の現状をものすごく否定的に見てしまう傾向
があります。

どうにかしたい!という必死な思いは、
裏を返せば、往々にしてこんな状況嫌だ!
間違っている!という思いですね。

なので、知らないうちに私たちは自分の
置かれた状況を敵視してしまうんです。

また、その中で誰かを悪者にしてしまっている
かもしれません。

その悪者とは、自分かもしれないし
(私のせいでこうなってしまった)、
関わっている誰かかもしれないし
(夫がもっと協力してくれていたら)、
心配している相手かもしれません
(本気で治りたいと思ってくれないから)。

そうするうちに苦しみは増幅し、
皆の心が通わなくなり、
さらに緊張を生んでしまいます。

また、どうにかしなければ、という思いに
囚われれば囚われるほど、緊張や恐れや不安が
高まるため “これしかない”とか、
“こうならなければいけないとか”、
一つのせまい思いにも陥ってしまいがちです。

とはいえ、大変だ、悲惨だ、辛い~などと
感じているときに、今の状態を否定的に
見ないということは、容易なことではないです
よね。

それでも、どこかで覚えていられたら良いなぁ
と思うのは、あらゆる思い、感情、状態が
100%受け入れられているという
“真実”があるということです。

いまここに「苦しみ」があるなら、
それに抗っていない“真実”があって、
いまここに「痛み」があるなら、
それに抗っていない“真実”があって、
いまここに「うまくいっていない」状態が
あるなら、それに抗っていない
“真実”があるんです。

“真実”とは、あらゆることに気づいている
だけの「気づいている意識」または、
「純粋意識、存在、全体、それ、etc」です。

かつて、非二元とかそんなことも知らずに
苦しんでいたとき、無意識にどこかに助けを
求めていたものです。でも周囲は静かなだけ
で、そのとき、この静けさは単に孤独を意味
していただけでした。

でも、そのときはまったく分かりませんでした
が、単に静かであるのと、
静けさに「ある」のとでは大きく違うんです。

深い静けさとは
「ストーリー(現象)を超えた無限」であって
同時に「あらゆるストーリー(現象)の
無条件の受容」であったのです。

他の言葉で言ってみれば、人事を尽くして、
天命にただあってみる。天命を待つのではなく
そこにあってみるんです。
(私たちは、天命そのものでもあるから)

そこはすべてが受け入れられ、
許され、愛されて、
そして流れて変容している場です。

何もしないで最もシンプルに「ただあって」
みるんです。外から車の音がして去っていき、
風が吹いて、木々がただ揺れていて、
体のどこかがかゆくなって、
またそれが消えたり、
湯沸しの音がシューシューとしていたり。

ただただシンプルに
そこに「あって」みます。

あらゆる動きがあたかもすべて自分であるかの
ように思えるまで。(本当はそうだし)

そのうち行き詰っていたような感覚から、
生命の流れがまた感じられてくるかも
しれません。

そして、否定的な思いで固く緊張しきっていた
思いが緩まり、優しさが顔を出してくるかも
しれません。

もちろん、大変な最中にこの静けさ、天命、
生命の流を感じることが、とっても難しいこと
は百も承知で書いています。
というか、こういうことを思い出しもしない
ことでしょう。

でも、もしどこかでふっと思い出せて、
完全に見過ごしていた事象のもう一つの側面に
目を向けられるようになったら?

どうにかしたい!は、どうにかなるだろうに
変わるかもしれません。

そして、最終的に、悪い状況、間違った状態、
悪い人、間違った人はいないと理解されたとき
あるがままをただあるがままに対応していける
かもしれません。

事象の陰にすっかり見えなくなっている真実、
静けさという側面は、何も言わないし、
何も約束しないし、
うまくいくとかいかないとか、
まったく示唆もないでしょう。

でも、そこには究極の癒し、
そして私たちの本質が潜んでいますね♪


事象はただ、起きている。
そこに善悪はない。

事象に対しサレンダー、降参するという受容、
抵抗というオールを手放した時に、
新たな扉が開く

エックハルト・トール師、N・ドナルド
ウォルシュ師、奇蹟のりんごの木村師等、
賢人達は、死ぬ一歩手前で悟りを得ている。

逆境をパワーに変え、
蛾(我)ではなく、
美しい蝶へと、変容してまいりませぅ

蝶



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