THE HOLY LOVE

daily challenge to improvise オーダーメイドとカードリーディングのご依頼はメールフォームより承ります♪

Entries

今年最後のメッセージと、平和とは。

19日、アメブロ更新しました。
発表会と今年最後のご挨拶m(_ _)m

今年もあっ という間に最終月、

あまねく空の沖の果て とおあまりふたつの 
王冠 輝く


摂理、大自然と一体になる事で、調和し発展
してゆける12がやってまいりました

sun

エナジーは。

何かが終わり、何かが始まる。

潜在意識に蓄積している、抵抗し続けてきた
物事が噴出し、反転せざるをえないような、
ギリな感じ。

それでも、暗闇の中に一筋の光が差して
いるのには気づいている。

痛みを伴うとしても、勇気・決意・覚悟を
持って、一歩踏み出すか、
葛藤のまま現状維持で、留まり続けるか。
この先交わる事のない、大きな別れ道。

我(蛾)ではなく、
蝶に美しく変容する為には、
「白紙になれよ」と、
子供の頃の純真無垢さを取り戻すのが
key。

パッションありますか

彩雲

事象のカオス感パない今日この頃ですが、
目には目を、の負の連鎖を止められるのは、
一歩踏み出そうとしている、今コレを読んで
いるアナタですYo

今この瞬間から、自身の感情、
思考に責任を持つんです

全てにおいて
「そこに愛はあるのか」
「自身はどう在るのか」

日常から、反応のみの、条件反射でとる
言動を慎む努力。

身内や身近な人達の間で、自分の中を、
愛と調和で整えてゆく事こそが、
自然と周りに善い影響を与え、
外の世界を創ってゆくという真理を
意識し、実践してゆく事で、
自ら、平和を顕現するのがミッション。

彩雲

エンデのモモ

彼の考えでは、世の中の不幸という
ものはすべて、
みんながやたらとうそをつくことから
生まれている、
それもわざとついたうそばかりではない、
せっかちすぎたり、
正しくものを見きわめずにうっかり口に
したりするうそのせいなのだ、
というのです


とあり。

基本被害者意識の、無意識の想念を
放ち続ける事が、いかに地球を、
宇宙を汚染しているか、目に見えたら
いいのに

どS女神w m(_ _)m

あなたの内なる自己を知りなさい。

あなたがほんとうの自分とつながると
どうなるか。

あなたがほんとうの自分の声を知り、
その声のメッセージに
気付くとなにが起こるか?

わかるでしょ?

簡単なことだけれど、決定的な気付き。

自分に正直になる。

内なる自己と高次の自己とつながり

ほんとうの自分に従うということ。

自分に嘘がつけなくなるの。

あなたたちはとても不思議な信念を
持っているひとが多い。

ほんとうの自分には嘘をつくのに、

周囲のひとたちには嘘をついては
だめだと信じている。

周囲のひとたちに嘘をつくことは
罪悪だと信じている。

まったくそれは逆ね。

じぶんを偽っているかぎり、
あなたは周囲のひとびとに対して
嘘をつくことになるの。

偽りのじぶんを演じているかぎり、
周囲のひとびとに
あなたは別人として生きている。

ほんとうのじぶんでない自分を
生きている。

結果的にすべての人々に
嘘をついている。

なのに、あなたはじぶんを偽りながら、
周囲のひとたちの要求には
無理に無理をかさねて正直なじぶん、
誠実なじぶんを演じている。

嘘をつくなといわれて育てられたから、
まわりのひとたちの要求に
正直になってしまう。
ロボットのように。

そしてじぶんの内なる声には
嘘をつきつづける。

だからあなたは、ずっと苦しいし、
ずっと怒っているし、
ずっと悲しいし、ずっと孤独。

嘘をついてはいけないのは、
あなた自身に対してだということに
気付いてね。

そうすれば結果的に
あなたは周囲に対しても
正直な存在になれるの。


彩雲

いいこちゃんでいたら、いつまでたっても
籠の中の鳥。
実はもう籠はないから、自分で創ってかぶせ
目先の安心安泰を得ようと、
自分を欺き続けていたり。

ロボットでいてくれたら支配しやすいよネw
何でも情報は、鵜呑みにしない。

恐怖を煽って生き延びたいヤカラの、
自作自演ストーリーに、乗らない事。

ほっとく→エナジーちゅーちゅー出来ない
→自滅する

なんせラスボスが光に還っちゃったもん
だから、後ろ盾の無くなった手下達は、
生き残りに必死。
どんどんエスカレートして、あれやこれやと
仕掛けてくるだろう。

ちなみにうちのルシりんはトレントに
クリソツw 
5年前位だっけ、とっくに光に還ってるし。
だいたい本当のラスボスってのは、そーんな
分りやすいものではなか。
最後まで決して姿を現さないのがラスボス。
ねぇウリちんw
おととしだっけ光に還ったのは。
意外と最近なんですYo



とは言え、目にうつる世界は、
我々の心の顕れ。
未だ原発事故も収束しておらず。
循環しないものは、いずれ滅びる。

イザナミイザナギ

静香ちゃまm(_ _)m

次元上昇に向けて、今は様々な働きが
成されています。

それは人間から見れば、ひどいこと、
恐ろしいことも含まれているのかも
しれません。

けれどすべては「神の計画通り」に、
事が運ばれています。

そのことを信頼し、自分が選択した道を、
しっかり歩いて行くことです。


前書いた救急車シンクロで、何もない日が
いかに幸せで有難い事か、再認識出来た
のですが、このとこ続くシンクロは、
「本気」
こっからより腹据えて行けよとな。

「メンテナンスをしてみませんか? 」

今年も残すところ、あと1ヶ月と
なってしまった。

皆さんは自分と向き合って
来ただろうか?

ちゃんと向き合えば、
向き合うことが出来れば、
次の扉が開くことを知っている
だろうか?

来年はこれまで以上に、
物事が加速するようだ。
物事の流れがさらに早くなる。

そうなると向き合えていない場合、
流れに乗ることが難しくなると
予測される。

向き合うのなら、今が最後の
チャンスなのかもしれない。

向き合ったという人の中には、
表面だけしか向き合えていなかったり、
向き合うという意味を間違って
解釈している人がいる。

中には向き合えていないのに、
向き合えたと勘違いしている人もいる。

ここでもう一度、自分がちゃんと
向き合えているのかどうか、
確認してみてはいかがだろうか?

本当に向き合えたのなら、
これまでと景色が違ってみえる。
立ち位置が変化しているのを感じる。

向き合ったのにそんな変化がなければ、
もしかすると向き合えていないのかも
しれない。

残り1ヶ月、自分の向き合い方を
点検するのは、どうだろうか?

もう一度本当に向き合えたのかどうか、
確認する事が求められていると感じる。


今年の汚れは今年の内にw

本当に大切なものは何かを見定める、
それが断捨離。
整理整頓は、優先順位をハッキリさせて
くれる。

新たな扉、パッカーンと幾つも開いて
未知の可能性を開花させてゆきたい
ものでつ

彩雲

絵に描いた餅、言いえて妙。
観堂さんm(_ _)m

平和

家庭でも、社会でも平和を言葉にする人、
唱える人、また、そういう機会は沢山
あります。

それでも現実の行動をみると、
他人に対して感情的になったり、家族に
辛く当ったりすることが沢山あるでしょう。

宗教に入信して、一生懸命に指導された
ことに夢中になってはいても、
実生活ではお金に執着したり、
嫁姑問題で確執がうまれたりという事例
も沢山あります。

こうしてみると、
どれほど宗教的な知識を学び得ても、
実生活にそれが活かされていなければ、
それは単なる宗教的パフォーマンスに
過ぎず、絵に描いた餅でしかないですね。

結局、食べられません。

人と人の心のやり取りのなかには、
共感することもあり、
反発して分裂することもあります。

ここには価値観の違いや、気が合わない、
肌が合わない、ウマが合わない、
自己中心的、等々
いろいろな理由があるかと思います。

真に平和を願うなら、理屈や知識ではなく、
ほんの少しだけ心を向けてあげて、
言葉をかけてあげられたら
それでいいのではないだろうか。

悲しみのあるところには慰めを、
分裂のあるところには温かい言葉を、
そして怒りのあるところにこそ
安らぎの心を傾けてあげたいですね。



抱える問題は異なっていても、
その問題の原因を深く探っていって
たどり着くところが、
その人の人生観、心の在り方、生きかたと
いうことになってくるケースが多くあります。

相談者と向き合うときにいつも思うのですが、
心の仕組みについて、心の偉大さについて、
尊厳というものについて知っていただき、
これまでの生き方を少しだけ変えていければ
随分と安らぎのある生活ができるのにと。

人間は心の安らぎがあってこそ平和も実感
できるものであろうし、
幸せと思えるものではないでしょうか。

初夏に、我が家のまわりで子育てをしている
スズメたちをみていると、微笑ましいほどに
一生懸命にヒナを育てている姿に感動します。

本能のままに生きている姿は、知恵ある人間
であるはずの不調和な生きかたよりも、
ときとして純粋にさえ思えることがあります。

人間は知恵のある動物という意味において
他の動物とは異なった存在ですが、
しかし、万物の霊長ともいわれる人間で
ありながら、その人生には苦楽があるのは
何故だろうか。

苦楽の原点は、私たち自身の心の在り方、
この一点にかかっています。

あの人が悪い、あの人のせいだ、霊のせいだ、
あのことを切っ掛けにこうなってしまったと
いって他に責任転嫁をしているうちは
心の安らぎが生まれることはない。

どうしてこうまで人間は
他を許せないのだろうか。

他を許せないということは、
そのまま自分を自縛していることに
気づかなくてはならないと思うのです。

実際に相談にくる方々の内情を確認すると、
決して他人のせいばかりではなく、
多少なりとも自分自身にも原因があること
も浮き彫りになってきます。

真剣に事態を改善することを考えるならば、
たとえ相手に少しの落ち度、多くの落ち度
があったにしても、そのことを理由にしたり
相手のせいにしたり、責めていては
決して自分自身の心が苦楽からの解放は
ないということです。

人間は、往々にして自分自身の対応を
変えるということで事態改善の最も有効な
方法であることには気づけず、
相手が変わることを望んでいる場合がある
ものですが、しかし、これでは事態の好転
はのぞめないことのほうが多い。

それでは自分の何を変えるのかということ
ですが、「私は間違っていない」
「相手が間違っている」というこの気持ち
を主張するほどに距離感がうまれてくると
いうリスクを考えますと、
先ずは自分が正しくても謙虚に相手を
受け入れるという姿勢をみせるというとこ。

ここから事態が変わってきます。

しかし、これができないのも自我を
もった人間ゆえの愚かさなので
しょうか。

仏教の教えにある「五蘊」という言葉、
般若心経にもでてくるこの五蘊という
言葉があります。

これは、人間は肉体五官に心が傾き、
形あるものに囚われ、心が外にのみ関心
が移ってきますと、
ものの本質を知ることもなく、やがては
争いや、足ることを忘れた欲望がつのっ
てくるようにできているということを
教えています。

私たちの身の回り、現実社会には
そういった場面が数え切れないほどに
存在します。

物質至上の考えが人々の心を支配し、
かつては高度経済成長の名の下に、
物と金の渦の中に巻き込まれて
いきました。

結果、公害、インフレ、物不足、
そして、人びとの心は荒み、
エゴと争いが巷にあふれ出ることに
なりました。

それは今でも世界のあちこちで
見られる現象であり変わりません。

歴史は繰り返すといいますが、
人が物にとらわれ、
五官六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)
に心が片寄り、自分を失って来ますと、
残るものは争いと、苦しみ、
悲しみだけとなります。

いつまでも過去に拘り、
いつまでも相手を責め立てる手法は、
自分の利益を目論んでの策略である
場合が少なくありません。

何かのせいにすれば都合がよいという
自己保存の心理と策略です。

こうしてみると人類の歴史は、
五官におぼれた苦楽の歴史といって
いいかも知れません。

人が苦楽の中におぼれるかぎり、
人も社会も、
世界も安らぎあるものとはなりません。

このことを根本的な心の仕組みとして
よく理解していかなければなならない
でしょう。

心の不安は、心を外に向け、その
出来事、すなわち事象に囚われ執着
すると起こり、自分の肉体感覚に
執着すると起こります。

苦しいからとそのことの一つ一つに
心を向けていては、苦しみから脱する
どころか更に不安や恐怖心の中に
埋没することになります。

こういう心の使い方を私は
「心の傾向性・癖」
といっていってきました。

安らぎは、
心を内に向け、
自分の心の状況をどういった傾向性が
あるのか把握し、
偏りがあれば、
それを正しい心の法則に適った反省と
実践の積み重ね生活から生まれてきます。

自分を変えることができるのは
他人ではなく、
自分自身であるということ。

学んでも学んでも同じところを
グルグルと回って、
自分の悪しき癖から脱出できないで
いる不要な拘りの生き方は
いつも苦しみしかなく、
それは学びそのものが知識でしかなく、
何ら生活の中に
実践されていない結果でしかないと
いうこと。

結果がでてこないと嘆いている人の
生活ぶりを見聞きしますと、
やはり学んだ事を知識としては知って
いるから理屈はたつのですが、
行いが伴っていない場合が多いもの
です。

そして、でも、しかし、だって、と
言葉のまえに言い訳が先に口をついて
出てくる。

これを称して
「業・カルマ」ともいえる。

人間は誰もが未完成のままなのかも
しれませんが、
せめてさまざまな人との巡り会いの
なかでたくさんの経験をして、
そして自分に気づいて、
自分自身のパーソナリティを築いて
いきたいものです。


彩雲

そだ、カルマ解消の、輪廻転生解脱レベル
20%以下、クリアしましたか
合わせてサニワしてラファw天丼

筋力反射テストの新しい方法見つけた



左手の薬指を押すってのがおもろす。

何度も書きますが、答えは何だってええわい
ねという中庸を保ち、お風呂やトイレ中の
ホゲっとしてる時にやる。

日を置いて、何度も確認。

やり方教えて、近くにいる興味なさそな他者に
やってもらうのもアリ。

気功をされている方は、気を抜いてから
行って下さい。

mさんm(_ _)m

戦争屋が戦争を創り出すように、彼らもまた
自分の思いを現実化しようとしています。

しかし、戦争屋に出来ることは私たちにも
出来るはずです。

平和な世界を創り出すことです。

よく「世界人類が平和になりますように」
という看板を見かけますが、
世界人類ではなく、まずは自分が平和で
あるべきなのです。

そうすれは自然と、自分の周りも平和に
なるでしょう。

逆に言えば、自分が平和でないのに、
世界が平和になるわけがないと言うことです。

自分の心が平和で、波風が立っていないこと
が条件です。

自分自身がイライラして、いつも怒鳴り散ら
していて、文句ばかり言っている人が、
どうして幸せになれるでしょうか!

多分その人の周りの人も、嫌な思いを
していると思いますよ!

周りの人から嫌われていて、
どうして幸せな世界を創るというのですか?

まずは自分が平和に成り、優しい心で
周りの人たちを愛するべきです。

そうすれは周りの人も、優しいあなたを
愛してくれるでしょう。

全てにおいてまずは自分です。

自分がどう「在る」かが問題です。

この「在る」を理解すれば、
真理も理解できるでしょう。



スピリチュアルにも、サイキックなどの
霊能的要素と、精神的要素があります。

見える聞こえるだけでなく、
最大の目的は精神的に目覚めることです。

これがなかったら、覚醒とは言えないと
思います。

スピリチュアル界にも、低次元から
そこそこの次元まで、見えたり聞こえたり
する人がいますが、
精神性を疑う方が多いのも事実です。

威張り散らしたり、変な妄想に取り憑か
れていたり、選民意識を持っていたりと
様々です。

でも何かが違うと思いませんか?

霊性を進化させると言うことは、
優しく思いやりを持って、
寛大であり謙虚であり、
何事も冷静に判断できると言うことでは
ないでしょうか。

すぐに頭にきたり、
冷静に判断できなかったり、威圧的で気まぐれ
だったりしますが
全くもって精神性に欠けていると
思いませんか?

霊性の高い人は、
威張ったりはしないでしょう。

多くの人がスピリチュアルについて
誤解をしています。

スピリチュアルとは精神性なのです。

人としてどう生きるか!

人間性・道義心・理性・良心と言った
精神的根幹をなすものを養うことこそ、
スピリチュアルではないでしょうか。

そこを間違えていると、全く無意味な
人生になるばかりか、よりカルマを背負う
ことにもなってしまいます。

人として、言動を疑うような人が
スピリチュアルを謳うことは、
全くスピリチュアルを理解できていない
のではないでしょうか。

スピリチュアルという前に、
人として正すべきではないでしょうか。

私は真理のことを
「人生哲学」と言っています。

生きるための哲学です。

霊性を養うと言うことは
そういうことだと思います。

だから難しいのだと思います。

昨日までの悪人が、今日から善人になる
ことが難しいように、そこには絶え間
ない努力が必要です。

自分自身の悪い癖を克服し、神の僕として
の性質を得るには、
並大抵の苦労がな無ければたどり着けない
と思います。

でもそれこそが人生の目的なのですから、
出来るだけ近道で頂上に辿り着く努力を
しないといけません。

勿論回り道をしても良いのですが、
その分真理を手にする時間が遅れるだけ
です。

今この世界に生きているほとんどの人々が、
霊性進化に全く必要のないものばかりを
追い求めています。

もうそろそろ気づいてはどうでしょうか。

本当に必要なものは何なのかを!



全ての現象は自分から始まり、
自分で終わる。

原因と結果の法則です。

「原因のない結果は存在しない」
です。

その原因となるものが、
私たちの「心」、「思い」、
「思想」です。

この思いが、言葉となり、態度となり、
現実を引き寄せます。

誰かに文句を言ったところで
始まりません。

全ての発信元は自分自身だからです。

このことに気づけば、
今自分が何を体験しているかで、
自分自身の出しているエネルギーを、
読み取ることが出来るでしょう。

でも多くの人は自分の出したエネルギー
のことに気づかず、
周りのせいにしているのです。

これではいつまで経っても、
今が良くなることはないでしょう。

自分の思いを修正しない限り、
幸せは訪れません。

人生はそのためにあるのです。

自分の悪癖を是正し、
より善性を発揮することにこそ、
人生の目的があるのです。

そしてそれをするためには
内観する必要があります。

自分と向き合うのです。

自分自身と向き合い、
自分自身と戦うのです。

外に敵がいるのではありません。

自分の悪癖こそが最大の敵なのです。

この悪癖を改善しない限り、
あなたの心に住む悪魔を
追い出すことは出来ないでしょう。

宇宙の法則とは、
自分で自分が責任を取ることです。

誰も助けてはくれません。

全て自分でするしかないのです。

しかしこの法則を理解すれば、
そう難しいことは無いと思います。

カルマとなる思いを
是正すれば良いだけなのですから!

要は原因を作らない努力が必要だと
言うことです。

良い原因なら良いのですが、
悪い原因ばかり作っているのが私達です。

ですからその悪い原因を作り出す
思いを変えるしかないのです。

全て自分からです。

この法則は誰も変えることが出来ない
のですから!



多くの人が自称霊能者と呼ばれる人や
ヒーラーなどを頼ります。

そして言われることは、いつも
とんちんかんなことばかりです。

有名人や著名人の過去世だと言われ
て、一喜一憂しているのが殆どです。

それを聞いて何になるのでしょうか?

あまりにもどうでも良い話です。

過去を知ったところで、あなた自身が
霊的に進化することは、120%
ありません。

それどころか妄想的な過去に執着して
ますます波動が落ちることでしょう。

あなたの波動を上げる一番の方法は、
周りの人に愛を届けることだけです。

それ以外の方法は宇宙には
ありません。

これこそが宇宙の法則だからです。

自分自身の悩みや苦痛を取り除きたい
一心で、誰かに頼ることは、
誰にでもあるかも知れませんが、
本当は全て自分自身で解決すべき
ことなのです。

多くの本を読んだり、瞑想をして
内観をしたり、真理を学んだりです。

そうやって、自分で答えを見つけ出す
のです。

努力もせずに悩みが解決する事は
100%ありません。

誰かの言った通りにしたところで、
それはあなた自身の解決方法では
なく、誰かの解決方法です。

今色んな自称霊能者がいます。

真理を理解すればするほど、
その人たちのやっている事が
滑稽に映ります。

本当の霊能力とは、イエスや仏陀が
行ってきた事に尽きます。

「自分自身、人のために
何が出来るか!」なのです。

人の為に役に立つと言う事は、
周りの人を気づかせてあげる事です。

笑顔にしてあげることです。

幸せにしてあげることです。

心の執着から解放してあげる事です。

それをするためには、
まず自分自身を救う事です。

自分自身が心の執着から解放されて
こそ、人も救えると言う事です。

霊能に一喜一憂して、御神事だの
ヒーリングだのしている時間があったら
周りの人を一人でも救ってあげる事です。

結局は自己満足でしかない霊能は、
何の役にも立たないと言う事です。

それどころかより執着を生み、カルマの
中に溺れることになってしまいます。

今まで色んなヒーラー系の人を見てき
ましたが、どうも解せないのです。

何をやっているのか?

訳の分からないことを言って、
訳の分からない施術?のような事を
しています。

同じヒーラーでもその人の心と向き合い、
しっかりとアドバイスをする人もいます
から、一概に全てのヒーラーさんが悪い
わけではありません。

心と向き合える人は、それなりに勉強も
されていると思います。

今すでに新しい時代に突入しようとして
いますが、私の中では、しっかりと
自分自身と向き合える人以外、
もう手遅れだと思っています。

感覚的にそう言うものがあって、
「もう今までのように伝える事は
しなくて良い」時期が来たと
思っています。

これからは、人の為に役に立つ人を、
育成する時期だと理解しているからです。


にゃるへそ、夏至あたりから閲覧数が
激減したのよねぃ

過去世とか言うんなら、あーたオリオン大戦
で殺した人が今の家族ですYoとかネ~

今世でしっかりと向き合い、カルマを返し、
愛と調和を学ぶ為の、過去世でしょ。

ヒーリングはなぁ
自分の意識でやるならまだしも。

特に、アストラル界の悪性宇宙虫にウォーク
インされた人間と関わったら、後の魔釣り
death。

もうインチキは出来ないので、
病気になって強制終了させられるのが
オチ。

「一番カンタンなサニワの方法!」
紹介していますが、
ハデなサイキッカーとかではなく、
真理を説き、魂を導く教えを伝えら
れる人が、モノホンなのであって。

そうそ、
神能力も筋力反射テストでわかりますYo。
一般的には、最低で200代。
「この人は神能力200以上です」で確認。
偽霊能者を見破ってくだされ

彩雲

ハっテーマは平和だった。
話を戻して。

外にあると思い込んでいたものは、
全て自分の中にあったのでした。
愛も調和も信頼も幸せも平和も

白紙になると、
気づきの意識しかないという
霊的視点が得られます。

白紙になるとは、過去生から続く思い癖、
先祖、親、学校、社会からの刷り込みを
解き、イエスやブッダ等、賢人達の言葉を
勉強したら、それも一旦ハズす。

他人の受け売りではなく、自分の頭で考える。

喜怒哀楽は、あっていい。
感情とは、水面のさざ波。
湧いては消えてゆく、ただそれだけ。
感じきって、その都度完結。

感情から発生する思考、この嬉しい状態を
持続させたいや、一刻も早く苦しみを終わら
せたいとかに、執着しないという事。

事象は、ただ顕れている。
ジャッジせず、実相を見る練習を積み
重ねる。

そして最大の難関。

主観、自我を失くすという事。
それは、生きながらにして死ぬ事であります。

真に白紙になった暁には、様々な人間
ドラマを映し出す映画から抜け出し、
俯瞰で見てる側へと、シフト出来る。

自身は、映画を映すまっさらなスクリーン側
であったという、衝撃的な気づきが起こる。

色即是空、空即是色。

右脳の感覚、非二元の境地が訪れるのだ

あゆかさんm(_ _)m

ノンデュアリティ(非二元)というこの言葉。

人によっては、まったくもって意味不明で、
人によっては聞きすぎてげっぷがでて
しまうかもしれません。(笑)

でも、私はこの“二つではない”という言い方
がとても好きなんです♪

無償の愛とか、真我とか、ワンネスとか、
そういった言葉に比べると、
“二つではない”というと、
なんだか無味乾燥な感じがするかも
しれません。

イギリス人の友人には、“ノンデュアリティ?
何それ?科学の用語?”とさえ言われました。

でも、この“二つではない”には、ものすごく
深く豊かなものがあって、だから、昔の人は
ワンネスと言わずに、
アドヴァイタ(“二つではない”)とわざわざ
言ったのではないかなと思うのです。

例えば般若心経、

色は空であり、空は色である。
(=この二つは分けられない)

この色と空を、もしひとまとめに
ワンネスって言ってしまったら・・・・。

色と空というまさに正反対で、
実に対照的であるものが分けられないと
いうミステリー、驚異、本質の深さが
見過ごされてしまう感じがするのです。

相反するものが同時に真実であって、
決して分けられないという、
自我にはまったくお手上げなところに、
途方もない深さの真実があるわけです。

でも、そんな理解不能なミステリーよりも、
無償の愛や感謝を体現しようとか、
高次の波動を目指すとか、
空の状態になれば良いのだとか、
そういった分かりやすい話のほうに
流れてしまう気がするのです。

パリでテロが起きて、それは「ほんとうは
起きていないし、誰も傷ついていないし、
苦しんでいる個人もいない」のだけど、
それがまさしく真実である一方で、
テロリストを生んだ土壌に染み込んだ怒りや
憎しみ、テロによって犠牲になった人々の
無念さや悲しみ、
そしてそれに心を痛める人たちの様々な
思いや反応がある。

両方を深く感じること。

深く、深く、感じる。そうすると、
私はハートの中にいて、
また真の自分はハートそのものであると分かる。

私はテロの怒りであり、悲しみであり、
犠牲者のショックであり、消えていく体、
そしていろと家族の目に流れる涙でもある。
憤りや憎しみ、愛や共感が
ダンスをしながら駆け巡る。

と、同時に無音よりも静かで、
深い平和と愛でもあって、
そこから見えるもののすべてが夢。

テロって非二元的にはどうなの?
と聞かれると、さぁ、分からないけど、
ただ両方を深く感じるんです、
とお返事したくなります。

色と空を深く感じる。

決して言葉にならず、
頭で理解できないけれど、
確実にそれがあって無限に深い真実☆

もう自分は真実が分かった、
悟ったなどとはとても言えない、
この永遠の果てしない深さ。

はぁ~、そしてそれが最も身近で
常にここにある真のわたし♪



自我的には、相手は自分の期待通りに
ふるまうべきなので、そうしないあなたは
「悪者」となり、もし思う通りにしてくれれば
「良い人」となります。

ということで、普通にしていると私たち
は当然、相手にあなたがどうするべきか
を要求します。
自我にとっては、相手や状況が変わる
事が一番良い解決方法に思えるんですね。

ですから、引き寄せとか思考が現実を
作るといったものにとっても惹かれる
でしょう。

ただこの状態は、相手が自分の期待に
応えてくれるまで
「私は幸せになりません」
と言っているので、
基本的に被害者意識です。

なので、相手を説得するために
「正論」を持ち出す人も多いでしょう。
ですが、私自身はいわゆる正論には
まったく関心がありません。
ど~でもいいです。

それよりも、何が自分の心を平和に
してくれるか?という考え方に
立ってみたいのです。

なぜなら、どんなに持論が正しく
あっても、他者や周囲が変わらないと
いけないと思っている限り、
上に書いたように犠牲者意識に支配
されてしまうからです。

つまり、幸せを握るカギ、パワーは
相手が持っているんです。

しかも、皆さんもご経験あるように、
他者はなかなか自分の思うようには
変わってくれません。

また、他者もいつもその人が思う
ようなことをしてあげられないこと
もあります。
それに本来そうしてあげる必要も
ありません。
(境界線:自分の感情をケアするのは
自分の責任)

となると、他者も状況も変わらず、
私は苦しいまま・・・となって
しまいます。

で、それをどうにかしようと状況や
相手を変えよう、コントロールしよう
とすればするほど、疲れ、苦しみ、
私たちは力を失います。

でももし、他者がどうすべきかではなく
“自分はどうしたいか?”をしっかり
見つめて、その視点に立ったら?

このとき無意識に他者に譲渡していた
パワーは自分の中に戻ってくるんです。

例えば“あなたのコメントを答えるに
値しないと思った”と本人から直接
言われたとしても、
大切なのはやっぱり私がどうしたいか?
なんです。

まぁ、そうはっきり言われたら、その
瞬間はショックかもしれませんね。
でも、そのショックの気持ちをケア
するのは私であって、その人ではない
んです。

ここをはき違えてしまうと苦しみの
ストーリーへまっしぐらです。

じゃぁどうやって自分のショックを
ケアするのか? 
自分の感情のケアは自分の責任と頭
で納得すること? いえいえ、

ここで癒しが役立つと私はと~っても
思うのです。

基本的に自己価値の低さや自己愛の
欠如によって傷ついてしまうわけです
が、その中身は個人個人ユニークです。

ある人は母親との関係かもしれないし、
ある人は幼い頃の特定の出来事に原因
があるかもしれないし。

そこに向き合って癒してあげることで、
もともとあったけど隠れていた愛が
顔をだしてくれるんです。

先日終わったマトリックス・リインプ
リンティングなどは最適なツールだと、
今回も講座を開催して再確認しました♪

相手を悪者にしていた間は決して
目を向けてもらえなかった心の飢えが、
気づいてもらえ、そして愛で満たして
もらえるんです。

そうでない限り、心の飢えを感じない
ようにするために、ずっと相手の言動を
コントロールし続けないといけないし、
また相手の言動にいちいち心が
振り回されてしまいますね。

しかし、自分で満たした愛、心の平和
は誰も奪うことはできません。
あぁ、楽チン!

自我にとって他者も状況も変わらない
けど、自分を見つめよう♪

という呼びかけは、
たぶん最も魅力がないものでしょう。

でも、ここにこそ本物のパワー、
愛、智慧、平和があるんです。

さて、このようなことを書くと、
ぜんぶ自分に原因があるのだから、
相手に何も言ってはいけないのか?とか
暴力を振るわれてショックな場合も
抵抗するべきではないのか?といった
ようなご質問も頂きます。
(どっちが悪いかという問題では
ありません)

で、もちろんそういうことでは
ありません。

自己愛を高めるには?
がいつも目安ですね。

相手を悪者にし続けて自己愛は育つ? 
暴力をただ受け入れていて自己愛が
増える?

自己愛はまた、加害者VS被害者を
超えた愛があることに気づかせて
くれる、分離の幻想から私たちを
導き出してくれる道しるべでも
ありますね♪


彩雲

非二元も、自分の都合のいいように解釈
しちゃうとイタい。

折角もらったシンクロやサインも、
読みまつがえれば、何の役にも立たず。

人それぞれ、色んなパターンがあるワケで。
教えも、自分にまんまあてはまるのか、
違う視点での解釈が必要なのか、
しっかり検証してゆく必要があり。

例えば、ありの~ままで~
当然、あてはまる人と、あてはまらない
人がいる。

言葉に安堵し、独りよがりの自己肯定に
陥らないよう、相当注意がいりますよネ

そろそろ新しい見方をするときだ。
個人としても、社会としても、
生まれ直す時だ。
自分たちの狂気で世界を破壊して
しまう前に、
世界を再創造しなければならない。
私たちは協力して現実を創造している。
被害者はいないし、加害者もいない。


by神との対話m(_ _)m

「被害者はいないし加害者もいない」
因果応報、
霊性に原因と結果を見る事が出来れば
新たな扉が開く

その時、エドガー・ケイシー氏

あなたが今どのような状況にあろうと
その状況こそが、
現時点のあなたにとってもっとも
ふさわしい状況であると理解しなさい


が腑に落ちる。

白紙になり、改めて、事象を受容する事で、
魂のままに動けるようになり、
楽しめたり、悲しい出来事には、同情では
なく、あいを持って寄り添う事が出来るよう
になる。
試練からは、転ばないと見えなかった角度
から、気づきが得られる。

Kさんm(_ _)m

☆ 『 一見 ツイて ねー と 

思っても 実は 天 に しっかり 

護られている 』

☆ 『 こういう 出来事 は 

自分 の なか の どこか を 

正したり 調整 する とき 』

☆ 『 天 は その 出来事 から

何か を 変えなさい 学びなさい 』

と 言っている わけ だから

その 出来事 から 

自分 の 考え方 を 変えたり 学び

それ を しっかり 

実行 する ことが 大切 なのである

そして そのような 出来事 から

得られる もの は かなり デカイ


彩雲

では実際、机上の空論で終わらせず
実践してゆく為には、どうしたらよいのか。

自身の在り様が、一番わかりやすく出る、
身内、身近な人との「会話の質」について
真剣に考えてみた事、あります

先日、自分の持っている情報を言いたくて
仕方なかったらしくw 話を割って入ろうと
した自分がいました。
ハっと気づき、こりゃいかんと戒め。
ひとしきりお話が済むまで待ち、で~あれは
と話したら、あ~それ知ってる~と、盛り上が
ったのでした。
まっ外だと普通以上に気を使うだろうし、
やはり、身内との会話にモロ人となりが
あらわれるというもの。

ミラさんm(_ _)m

宇宙は補い合うことを望んでいる
ようです。

補い合うと言うのは一見優しい言葉ですが
個体からすると、弱点を突かれると言うことに
もなります。

相手は普通のつもりが、もう一方には弱い所で
あり、攻撃になり、傷ついた、となりえます。

普通にしてると思っている方は、自分の感覚に
素直に従うと、相手が悲しんだり怒ったり
不機嫌になるので、自分の普通を疑うように
なり、これまた傷ついていきます。

そして、お互い自分のパフォーマンスを最大限
に表現することをやめてしまいます。

時に、本当の攻撃や戦いにもなりえます。
これが固定化してしまうと、辛い関係のまま
です。

己の弱さと限界を知ること、
認めたくない自分の強さを知ること、
と言うのが関係を良好にする為には、
欠かせなくなってきます。

お互い信頼し合っていれば、簡単に関係して
いける、と言うものでもなく、
お互いへの信頼、、、だと思っていたものが、
依存、共依存、境界越え、
さらに、何もせずに相手を思い通りにしようと
する心理コントロールなどにも
すぐに発展してしまいます。

だから、家族間と言うのは、
関係における最大の難関のテーマが
存在すると言って良いのかもしれません。


一緒に居る上で、根底にあるものが、
大枠では共通していたとしても、意見は
それぞれあるワケで。

お互いの違いを認め、尊重する為に、
細かく見直しが必要。

傾聴は出来ているか。
期待や要求で、クレクレになってはいまいか。

他者との関係性から自己価値を見出そう
としちゃうタイプは特に、一緒でありたいが
為に、ムリクリ合わせようと自分を押し殺し
たり、同意を迫るようなコントロール癖を
出しちゃってたり。

意見の相違を受け入れられず、怒りにまか
せた感情的な言葉を発し、相手を傷付け、
謝らなかったり、言葉が足らなくて、
誤解を生むような事をしていたり。

逆に意見の相違をめんどくさがって、予定
調和でお互いの成長をストップさせていたり。

特に、宇宙には
「不干渉の法則」
があり、
境界線を越え、過干渉が過ぎると、
ムダにカルマを増やす事になるので
要注意。

夜寝る前の感謝行に加え、その日の自身の
言葉を振り返り、点検、修正してゆく作業を
習慣づけられれば、確実に会話の質を
上げてゆける。

ネイティヴアメリカンの名言

家族のあいだに調和が保てれば
人生は成功だ

ひとびとのこころに真の平和が宿るまで
国と国との間に平和はやってこない


マザー・テレサの名言。

世界の平和は、まず家庭の平和から
始まります。

平和は、ほほえみから始まります。

世界平和の為に何ができるかですって?
家へ帰って、
あなたの家族を愛してください。


コツコツと愛と調和ベースの会話力をつけ、
自ら平和を顕現してゆきませぅ。

会話の筋トレ、超基本。

「円滑なコミュニケーションには、
訓練が必須」

ズ-ニー先生が、リミッターシリーズで教えて
くださっています

リミッター

リミッター2 読者の声

リミッター3 衰えに咲く花

読者からの体験談も満載で凄い。
そこに愛はないようで、実はあるのでは
ないかという、深いぃ考察もすごかりし



ハロウィンでメイナードとジャスティンが
ZEPのコスプレしとるw

さらに。
きゃしさんのブログに出会って、
いかにこれまで、無意識に会話してきて
しまったか、抜本的な見直しが必要だなと
身につまされました

「こころが通う会話、通わない会話 」

対話がうまくいかないときには、

1) 言うことは相手と一致をしないとなら
ない、理解されないとならない、と
感情的になりすぎている。

2) あること、(愛情を示す方法、頻度、
何かをする時の方法、社会常識)はこうで、
こうしないとならないと思いすぎていて、
それを押し付けている。

3) 自分も無理をしてきたところがある
から、相手も無理をしてくれないのが
納得がいかない

4) どんなに傷つくか、いやかと言う事に
必死になってしまっていたり、なおかつ
こんなに傷つく、頭にくる以上、
相手が配慮をして、そのことを改善する
ことが当然だという心境になっている。

話し合いがうまくいくようにするためには、

1) 時として意見が違うのは、当たり前
だという理解をする

2) そのことがそうではならないことが
いやだという自分に気づいておく。
そしてその事に対して感情的になっている
自分にも気づいておく

3) 自分が協調をするときには、本当に
良い方法にする。
(協調をするとしても、日程や時間等しや
すい方事を少し取り入れて、なおかつ相手
にも良い方法を考えて言えることを
習慣とする)

4) 自分が傷ついたら、自分はこう感じる
という説明と、相手にしてほしいことを言い、
する方法について相手が自分で分かる
まで時間を置くかほおっておく。

話し合えば合う程もめるときには、
上記の4つのなにかができていないため、
相手からすると意見の押し付けとしか
感じられないときもあります。

そのようなことにならない為には、自分の
感情が下がって、自分自身が平静になって
から話をするか、平静になるのは自分の
責任だと分かった上で
(相手の感情を収めるのを、相手が解消を
すべき問題だと思わないで)
解決を図ることが必要になることがあります。

自分の中の「こだわっていてどうしても
それしか考えられないこと」は
自分の感情的に弱い部分です。

こころを通わせないとならないのは
相手である前に、自分であるのです。

そこができて初めて、相手と心を通わせる
ことができます。

たとえば、急に話かけられるととまどって
しまう、などであれば、、話しかけると
怒ってしまうから、一言こうかけてから
話してほしい、などのように
具体的な案を出すのであれば、
相手は協力を惜しまなくなります。
これは、相手と自分が違うと理解をした
うえでの話し方です。

しかし、相手が悪い、配慮がない、という
考え方であると、怖いんだからやめてくれ、
どうして私の心境がわからないのか、配慮
がないのかというように、自分をわかって
当たり前、自分が正しいと言う見地になって
話をしているのです。



色々コミュニケーションを学んでも、
その技術では解決できないところって
ありませんか?

これってなにをどう穏やかに上手に
伝えているか、という
コミュニケーションの技術的な言い方
とはまた別の、
「つたえたいことがどう大事かという
ご自身の意思」

も、大切だからだと思うんです。

人の気持ちって、思っているほど単純
ではないんですね。

心の中にたくさんの矛盾した部分が
複数で存在をしています。

そういった複数の気持ちが、それぞれ
ぜんぜん別々の気持ちだったりしたら
ややこしいです。

気持ちが一つではない、というのは、
とても分かりにくいようではあります。

さて、そんなさまざまな気持ちを持って
いる人々が通じていくための
コミュニケーションですが、

自分だけが聞いてもらえないと言う方の
場合、どうしても、
「聞いてもらえない限り自己主張は
しない」と決めてしまっている部分が
その人の心の中にあって、
ここが邪魔をします。

どうしてもある意見を聞いてもらおうとしたら
いや、私はあなたがどう言おうと、こうするん
ですね、という意思が必要なんです。

その人はそうなんだ、でも私はこうするね、
それでいいんだなあ、ああさっぱりという

この気持ちがないと人に意思が無視を
されることがあるんです。面白いでしょ?

その意思があってそのうえで言い方の
問題が出てきます。

つまり意思がちゃんとあったうえで
言い方をキチンとすれば通じるんだけれど

こころの持ちようがぐらぐらでは
言い方を変えてもどうにもならない、
というお話なんですね。

言いかただけではそこはクリアーに
できないんですね。

もし、相手が自分の意見と違うことを
おびえてしまっていたら

絶対に自分の意見は大切にされることは
ありません。

というのは、自分の意見よりも、
どうしても

相手の意見と違うことを表明することを
恐れているからなんです。

その弱みは相手からどう見えているかと
いうと。

その程度であまりその人にとっては
重要ではない意見、に見えています。

もし、相手が自分の言うことを聞かない
ことを
自分が理解をされないと思い込み、
相手を何とか説き伏せたいという気持ち
に乗っ取られた、としたら

(皆さんはこの気持ちを、自分の本当
に大事な部分を主張しているから
だと思いがちなのですが
ここはこだわりと、強い感情が湧く
部分で本質の豊かさではありません)

相手に何とかわからせようとすれば
するほど、自分の気持ちが痛くなり、
しつこくなり、相手に分からせようと
意地になり、

相手はなぜそこまでこだわるのか
わからずに、相手も反応に入り、
相手も自分をわかってもらおう、
ということにあいなります。

自分はこれはしていくよ、という意思
を穏やかにもち、しかししっかり自分
で決めてそこに恐れがないときにのみ

すごく優しく

丁寧な言葉で言ったら本当に尊重を
されます。柔らかい意見なのにね。

聞かれるんですね。もめないしね。

このように、あなたの心持は外側に
現れてくるのなのです。

自分が決めてしまうのが孤独であると
いう錯覚をしていたり
(気持ちの癖なのですが)

人と意見が違うのが怖いという癖を
お持ちだったり、

相手の方に自分の気持ちをわかって
もらって、相手に決めてほしいと
思っているときだったり

この部分をわかってくれないと
反応を起こしてしまい

どうにもこうにも、ここをわかって
くれないという痛みにはまり込んで
しまうと

相手には通じないことも、
相手からは全く違う画像として
意見が映っていることもあるのです。

うまくいかないときには、
しっかり自分が決めてから
報告をしてみてください。

そして自分がやることに対して
協力をお願いするという立場であると
すんなり通じることもあるでしょう。


ホント、身内との会話だと、甘えがあったり
しがちなので、恰好の訓練となりますネ

彩雲

どのパターンをとっても、
結局、行き着くのは、
自分自身と向き合う事であります。

自己欺瞞、自己憐憫、自己顕示etc.
自分で気づいて、なおしてゆかない限り、
同じ過ちを、何遍も繰り返し続けるなんて
いーかげんウンザリ

超訳 空海の言葉より。

「悩みの原因」

全ての悩みの原因は

多い様に見えて

実は一つしかない

それは

「無知」 という事

人間は 

何の灯りも持たずに夜道を歩いている

旅人のようなものだ

十住心論


イエスちゃまも。

ルカによる福音書23章34節

その時 イエスは言われた

父よ 彼らをお赦しください 

彼らは 何をしているのか

自分でわからないのです


無知、無意識からの脱却が問われている。
闇雲に歩き、ムダに遠回りしている暇はもう
ない。

気づいた者には、真理の実践をしてゆく
責任が伴うのです。とほほ

孤独で辛い、真理への道。
でも同志がいる。

同志の皆様、モクモクと陰徳を重ね、
即身成仏を目指し、昨日よりは今日と、
日々精進してまいりませぅ

シメは、マナさんm(_ _)m

人の道とは何か、
何のために生きているのか。

それは魂向上のために他なりません。

すべての欲望は自分から生まれ、
またその欲望をコントロールするのも
自分自身です。

人生の価値をどこに設定するのか、
幸せとは決して現世利益にあるもの
ではなく、心ゆたかな生き方にあります。

悟りに至る道とは、
特別な才能や場所はまったくいらない
代わりに、日々の小さな積み重ねなく
してはありえません。

その日々の積み重ねとは、
人や方法論などに頼るのではなく、
ただひたすら、毎日自分をいましめて、
ひとつでもふたつでも、
良い事をすることです。

人としての最低の決まりを守り、
瞑想や勉強によって自分を見つめる
訓練をし、先人の智慧である精神哲学
思想を学び、それを自分にできる最大
範囲で実行せよ、ということです。

そこにはいっさいの霊感じみたもの
は必要ありません。

本当の宗教とは、そのような最も
基本的な部分、
人の道とは何かを説いてゆくものだ
と思います。


彩雲

そしーて。
ちとはやいカモですが、
今年最後のご挨拶もm(_ _)m

改めて、自分の一年を振り返りますと
やっとこさ穏やかな日々を取り戻し、
歌のパワーにますます魅せられ、
天職では、方向性が見えてきました

そうそ、歌のリハビリwが思いのほか
効いたのか、やっとピアノに向かう
パッションもよみがえりました
心から楽しめる演奏が出来る為の練習
が、ついに始まった。

見えない仕事は、「鍵」サインが続き
探し当て、えぇ~そこ閉じてたとは
ってのと、開けてなお鍵サインが続いたので
何だろぉとホゲっと考えてたらハっ自分
最後のお試しの苦しみで、閉じちゃってた事
が判明、即Open
その後5963、8739等もらい。
なにやら動き出したりすんのかにゃ

あと、もうないかと思ってた、
ゾンビのお引越しとかグロい仕事も
ちょいちょい有ったりで。
目が覚める度、ふぅ、よく生きてんなぁーっ
て事もありまんた

こうして無事でいられるのも、
見える方見えない方、一丸となって
サポートしてくださっているお陰。

いつも本当に、有難うございます。
多大なる感謝をばm(_ _)m



sun

天照大御神が、あまなく照らす、あいを
どぞ、ですって
有難や

でわでわ~良いお年を



Comment

 

こんにちは(o^^o)
初めまして。
何回も何回も読んで噛み締めます。
  • posted by 大好き♡ 
  • URL 
  • 2015.12/03 12:41分 
  • [Edit]

Re: タイトルなし 

大好き♡様、初めましてm(_ _)m

月1になってしまったので盛り沢山で。。滝汗
嬉しいですぅ~有難うございます!

今、特に会話の見直しを意識しているのですが、
毎晩、あぁ~あの説明はまわりくどかったなとか、
もっと思いやりのある言葉を選べばよかったとか
反省しきりで。1からやり直しな感じです。

私も何度も読み返し、地道に実践してゆきまふ^ ^
  • posted by  
  • URL 
  • 2015.12/03 13:19分 
  • [Edit]

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

New Earth

welcome

Current Moon

CURRENT MOON

profile

愛

Author:愛
全てを統合し、あい(天意)となりました♪

Love is,indeed the only law

calendar

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

最新記事

検索フォーム

閻魔ちゃまのおみくじ

THE CIRCULATION OF LOVE

右サイドメニュー

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

twitter