THE HOLY LOVE

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11月のメッセージと、幸せとは?愛とは?

15日、アメブロ更新しました。
「If I stay 愛が還る場所」

秋晴れ続きの清々しさもあってか、
イッキに軽くなった

cloud

踏み出すの、いつやるかw
気持ち新たに、スタートを切るにふさわしい
「11」がやってまいりました

はじまりの時満ちて いざ進め 
「久遠」の時へ


11とは、「水への感謝」でもありんす
地球の水、体内の水に感謝、
自然の摂理、「循環」を取り戻そう

11月のエナジーは。

正しいペース配分。

情熱があっても、最初から設定が大きすぎた
り、目先の損得で動いてしまったりと、
的を得ていなければ、エナジーのムダ使いで
終わってしまう。

ハートベースの真に知的な思考で、的確な目標
を定め、焦らず、1つ1つクリアしてゆく事で、自信をつけてゆく。

準備で多少マイナスが出ても、自分に投資する
という意識で。
勝率をよく検討した上で、多少のリスクも
検討しながら進めてゆく事で、
うまくまわしてゆく。

その為にも、協力者、パートナーシップの
見直しがKey。

葛藤を抱えたまま、現状維持で安泰を得る
事も、限界に来ている。

これ以上、前に進めないものにアディオス。
前の記事で書いたブッダの言葉、

愚か者を道連れにしてはならない

今の状況は、
自身の選択の結果だという事を肝に銘じ、
炎が消えてしまう前に手を打つ、
ラストチャンス。

ケジメをつけ、勇気と決意と覚悟を持って、
何とかスタートラインへ辿り着けるか、
かなり厳しくギリな感じ。

こんなん出ましたぁw

cloud

先日身内2人、立て続けに救急車で運ばれる
という事があり
このシンクロは、一体何のサインかなぁと。
サニワだと、急という意味ではなく、
数霊だった。

数霊119、北極星の人。
key word:受胎・鎮守・仏門・七夕・彦星・
北極星・立秋・手放す・梅干

119は、天空と関わり合いのある数霊。
北極星は天の眼となり、地球を見渡し導く星。
その守護下にあるのが私達の星、地球。
天の意に沿う生き方を、星々達のエナジーが
サポートして教えてくれるでしょう。

手放し満ちる 天の星 受け取り渡す 地の星 我なり

119、エンジェルナンバー実践編によると、

人生の聖なる目的に関する思考や感情を、
出来るだけ高い波動で、前向きなものにして
いてください。それが、目的に関する経験の
方向性を決めるでしょう。

で、119足せばコレまた11と。

両方大丈夫だったのでホっとしたケド、
いい事であれ悪い事であれ、
腹据えて、冷静に霊性に、浮き足立たない事
の大切さを、実感。

そして、普通の日常というキセキの有り難さ
を、シミジミ感じる今日この頃

まさかの時にこそ、在りようが問われる。

とーまさんm(_ _)m

人間の人生には、「坂」が、三つあるという
話を聞いたことがあります。

「上り坂」「下り坂」
という二つの坂ですね。

そして、三つめが、
「まさか」という「坂」だそうです。

「まさかーーー!!」と、叫びたくなる位、
想定外の事件が起こって、それまで、順風満帆
だった人生から、真っ逆さまに、その坂を、
転げ落ちていくという状況です。

この「まさか」という坂に落ちてからが、
本当の人生なのです。

ここで、その人が、試されるのです。

最初の頃は努力もありますが、たまたま運が
よかったり、時流に乗って勢いがあったりして
一時的に、何かの頂点に立ったり、
成功する時があります。

しかし、そういう見せかけの成功は、
続かないものなのです。

周囲からは嫌われたり、疎ましく思われている
為に、必ず、嫉妬する人がでてきて、足を引っ
張られたり、変な噂を流されたり、
場合によっては、陰謀や謀略に巻き込まれて
失脚させられ、その座から落とされるという、
お決まりのパターンになるのです。

ある本に、書いてあったのですが、

そうやって、「まさか」という坂に落ちて、
その奈落の底から、這いあがってくる人は、
落ちた人の1割だそうです。

9割の人たちは、そのまま、這い上がれずに、
終わるそうです。

這い上がった1割の人たちは、その後は、
最初ほどの勢いや人気などは、なくなり
ますが、そこそこの勢いと人気が、
安定して続くそうです。

そして、それからは、決して落ちないのだ
そうです。

それが、「本物の成功」なのだそうです。

「一度、奈落の底に落ちてからが、
本物の成功への道である」

這い上がった1割の人たちと、這い上がって
これなかった9割の人たちは、何が違うのでしょうか?

それば、ズバリ、

「自分の問題だと捉えるのか?他人のせいにするのか?」

だそうです。

簡単に言うと、這い上がった1割の人たちは、
その「まさか」という坂を、
「全部、自分が悪かった…」
と、思えたのです。

たしかに、いろいろな人に、翻弄されたり、
卑怯な手を使われたり、嘘で騙されたりしたと思います。

でも、最終的には、それも、ひっくるめて、
自分に、全責任があったと、思えたということです。

「自分が、調子に乗っていた。
自分に、見る目がなかった。
自分には、思いやりが欠けていた…」

そうやって、とことん考えた末に、
自分のせいだとわかって、謙虚になり、
反省すると、奈落の底の一番下から、
上へよじ登っていけるそうです。

そのあと、少しづつ信用を取り戻した後、
自分の元に、また戻ってきてくれる友人や
ファンが、出てきます。

その人たちに、心底感謝して、その人たちを、
大切にするようにすれば、その人たちが、
「本物の応援団」になってくれます。

その人たちは、その後、決して落とすような
ことはさせないし、落ちそうになっても、
引き上げてくれるのです。

反対に、這い上がれなかった9割の人たちは、

「全部、あいつらのせいだ! 
あいつらのせいで、自分は、ダメにされた!」

と、思いつづけて、延々と逆恨みを続ける
のだそうです。

人によっては、その後の人生を、
自分を追い落とした人たちに、復讐をする為
だけに、100%のエネルギーを、
注いだりするそうです。

この意識状態では、いつまでたっても、
奈落の底に居続けることになるのです。

「謙虚」になり、「反省」して、
「感謝」をする。

この三つが、
「本物の成功」に、不可欠なのだそうです。


「脳科学は人格を変えられるか」
のエレーヌ教授が、
大半の人は、ぱっとしない人生で終わると
スバっとおっしゃっており、びっくらしたのですが

人生に何度か訪れる、まさかの時、
這い上がろうとせず、全て外のせいにして、
底に留まり続ける人が9割ならば、
にゃるへそと

謙虚、反省、感謝の3つは、カルマ解消にも
繋がるので、そりゃ乗り越えた先には、
成功の道が待っているよなぁと。

オーラ

なんか出とるw

さて。

死ぬ前に、我人生に悔いなしと言える事こそが
幸福だなと今でこそ思えるようになりましたが
わかるまで、口癖のように言っていた
「幸せになりたい」

外から与えられてどうこうというものでは
なく、自分の感じ方一つなのでありました。

しあわせとは、仕合せ、
運命のめぐり合せ、という意味だったり。

事象を、どう捉えるのか。
視点、器の大きさによって、
ポジにもネガにも感じられるというもの。

あさイチで「哲学のススメ」やってて、
自分も幾つか書いたアランも出てきた

「憂鬱な人に言いたい事はただ一つ
遠くをご覧なさい」


日々忙しさに囚われ、
大事なものが見えていない。
遠くを見るとは、広い視点で自身の状況を
見直すという事。
そこから、見落としていた幸せを見出せると。

あと、他者と比較して、落ち込んだり嫉妬
したりしてしまうという視聴者からの
お悩みには、
ヒルティ

「虚栄心と名誉心とは、常に悪い印である」

見栄を張るのは、自分のコンプレックスの
裏返し。常に比較し、背伸びをすると、不幸に
なると。

メンタリズムbotさんにも、

自分に自信がない人ほど、物欲が強く、
無駄使いをしやすいことがわかっている。
こういう人は、いいものを持つことで、
足りない自信を補っている。


とアリ。自分の本分を知る。

番組の中で、哲学カフェというのが出てきた
へんなスピのお茶会ではなくw
本質へと導くファシリテーターの元、それぞれ
が他者の意見を参考にしつつ、
自分の頭で考える機会の持てる、安心安全な
素晴らしい集まり。

真理を教えてくださる、過去の賢人達の言葉を
勉強しに行くなんてのも、おされ

更に、たまたまTVつけたらやってて見られた
菜根譚」が超シンクロ

菜根譚

明代末期に優秀な官僚として活躍後、
政争に巻き込まれ隠遁したと推測される人物、
洪自誠

「人は逆境において、真価が試される」
世知辛い世を生き抜く為のアドバイスは、
人格を磨く為の、指針となる教え。

「多く藏する者は厚く亡う。
故に富は貧の慮無きにしかざるを知る」

「富貴を浮雲にするの風ありて、
而も必ずしも岩棲穴処せず」


お金や物を沢山抱え込んでも、失う心配が
増すばかり。

かといって、清貧であるべきと、世捨て人に
なってもいけない。
お金に囚われず、現実を生きる事だ。

「人生の福境禍区は、皆念想より造成す」

幸不幸は、心が決める。
事象の見方次第だという事。

不幸な出来事も、後になってみれば、
自身が成長する為の、転機だったり。

「分に非ざるの福、故無きの獲は、
造物の釣餌に非ずんば、
即ち人世の機せいなり」


宝くじで高額当たった人は、逆に不幸に
なってたりもすると。

棚ボタは、上からのお試し。
そりゃそうだ。
その価値に見合ったものが、自分にあるのか。
己を知らずして受け取ってしまえば、
後がタイヘンだぬ。

前も書きましたが、手術する前に買った
宝くじが当たり、手術代がチャラになった事
がありましたが、
結局、必要なものは、必要な分、手に入る
ようなシステムになっているワケで。
にしても、もちっと余裕持たせてほしかったなぁw

「花は半開を看、酒は微酔に飲む。
此の中に大いに佳趣有り」


ほどほどが、丁度よい。
頃合いを知る、という事。
なので、「ほどほど、頃合いの思想」と。

薄く切ったフランスパンに、様々な種類のチーズ
を載せて赤ワインで頂くとか、たまりまへんが
酒は飲んでも飲まれるな。
我を忘れる程飲むと、幽界の消滅で、行き場を
失くした霊に乗っ取られやすくなるという事も、頭に入れておいた方がいいス

「一苦一楽して相磨練し、練極まりて
福を成す者は、其の福始めて久し」


どちらか片方ではなく、苦楽両方を経験する
事で、真の幸せとは何か、見出せるようになる。

「日既に暮れて、而もなお烟霞絢爛たり。
歳将に晩れんとし、而も更にとう橘芳馨たり。
故に末路晩年、君子更に宜しく精神百倍すべし」


太陽は、沈む時に最も輝く。
寒さ厳しい冬にこそ、柑橘の果実は
良い香りを放つ。
我々の人生も、晩年こそ一層、気力を充実させ
輝かせてゆこう。

そういった努力の歳月を重ねてゆく事で、
時間をかけて、だんだん幸福になってゆく
のがよいと。

「静中の念慮澄徹ならば、心の真体を見る。
間中の気象従容ならば、心の真機を識る。
淡中の意趣沖夷ならば、心の真味を得。
心を観じ道を証するは、此の三者に如くは無し」


心静かに、澄み切っていれば、
心の本当の姿を見る事が出来る。

ゆったりとしていれば、
心の本当の働きを知ることが出来る。

あっさりとしていれば、
心の真の味わいを感じることが出来る。

はいスマホ切ってw
自分の心と、向き合う時間を作ろう。

「文は拙を以て進み、道は拙を以て成る。
一の拙の字、無限の意味あり」


飾らない自分=素朴さにこそ、無限の可能性がある。
自分の鎧を脱ぎ、心と対峙する事が大切。
子供の頃の、純真無垢さを取り戻そう。

道教、儒教、仏教の融合である、菜根譚。

菜根譚とは、
生きる上で大切な事を思い出させてくれる、
懐かしくて優しい、人々に贈られたエール、
洪自誠の言葉の贈り物なのでした

どうして高校の頃、漢文の授業が大好きだった
のか、ここへきて理由がわかた

そうだ、ブッダの幸福論も勉強しよう

「手塚治虫のブッダと学ぶ
もう迷わない生き方 」


book

「財産や家族があれば、本当に幸せなのか」

私には子供がいる。私には財産がある。
と、愚か者はその事に心配して思い悩む。
自分ですら、自分のものではないというのに、
何故、子供や財産で思い悩むのだろうか?
ダンマパダ62

私達は、財産が多ければ多いほど安心だと
思いがちです。
でも本当にそうなのでしょうか?

ブッダは、お金を儲けて財産を増やす事が悪い
と言っているわけではありません。
財産や家族に対して「これは自分のものだ」と
いう気持ちが強い程、それらを守る為に苦しま
なければならない、と言っているのです。

では「自分のもの」とは、一体どういうもの
なのでしょうか?
本当に「自分のもの」は、自分の自由になる
のでしょうか?
実は、自分のものは自由に出来るという思い
が、あなたを苦しめているのかもしれません。


手塚治虫

「自分を犠牲にしてまで 他人の為に尽くすべきか」

たとえ他人にとってどれ程大切な事でも、
自分の事を考えずに、他人の為だけに行動
するような事はやめよう。

何が自分の為になるのかを知り、自分の為に
なる事をするようにしよう。
ダンマパダ166

「他人の事を考えずに、利己主義に走ればいい」
という事ではありません。

ブッダは「自分が幸せであってこそ、周囲の人間を
幸せにする事が出来る」と言っているのです。

例えば、あなたが大切に思う人の為に、身を粉に
して働き、お金を稼いだとしましょう。
その結果、あなたが病気になってしまっては、
あなたも、そしてあなたの大切な人も不幸に
なってしまいます。

大切な人を幸せにする為には、まず、あなたが
幸せにならなくてはならないのです。


手塚治虫

「ストレスなく暮らすには」

心は微妙な事で変化し、
欲望にまかせて動いているが、
見る事は出来ない。

智慧の有る人は、心を守るべきだ。
心を守ると幸福がやってくる。
ダンマパダ36

人の心がどのような状態にあるかを見る事は
出来ません。
しかも、心は状況に応じてどんどん変化して
ゆきます。

自分の好きな事に対しては限りなく欲望が
広がり、嫌な事、不利な事には反発して、
怒り等の感情が生まれます。

そうしている内に、無防備な心は、
あっという間に欲望や怒りでいっぱいに
なってしまいます。

心に欲望や怒りが詰った状態は、決して幸せ
とは言えません。

欲望は満たしても満たしても次々に現れ、
怒りはおさまる事がありません。
どちらも、自分を苦しめる原因になるだけです。

ストレスなく暮らしたいなら、欲望や怒りから
心を守る事が一番です。


手塚治虫

「幸福とは何か」

何かあったときに友人がいるのは幸福だ。
どんな事にも満足するのは幸福だ。
善い事をしていれば、死ぬ時も幸福だ。

一切の苦しみを捨てる事は幸福だ。
ダンマパダ331

これは、ブッダが提案する四つの幸福の
基本です。
「善い友人を持つ事」
「目の前のもので足りているとして
満足する事」
「善行を続ける事」
「苦しみを捨てる事」

第一に、人間関係です。
何かあった時に善い方向に導いてくれる友人が
いる事が幸福です。

二番目は、満足です。
不満を抱えていても、いつまでも幸福には
なれません。
大切なのは、目の前にあるものを受け入れ、
満足する事です。

三番目は、善い行いを積み上げる事です。
心の汚れがなければ、死ぬ時も幸せな気持ち
でいられます。

四番目は、苦しみを捨てる事です。
全ての苦しみを捨てると、最高の幸福を得る
事が出来ますが、なかなか出来る事では
ありません。


手塚治虫

「世の中の無常を理解しないから苦しい」

あらゆる事象は無常である。
この智慧を持ってこの世を見ると、
苦しみからすっかり遠ざかる事が出来る。
これが心が清らかでいられる道である。

生あるものは必ず死に、物質である身体は
分解して分子になります。
無機物に経年変化して、分解していきます。
このような現象から、私達は、
万物は常に変化するという真理である、
「無常」が、わかっている気になっています。

にもかかわらず、無常を否定しようとします。
「お金を守りたい」「ずっと愛されたい」
「年を取りたくない」「死にたくない」
という感情が起こるのは、変化が苦しいもの
だと思っているからです。

植物が細胞分裂をしながら成長し、果実を
実らせて、やがて枯れるように、
自然界では、全てが変化を続けています。
これを当たり前のものとして認めてしまえば、
楽に生きられるようになります。


ブッダ

「最高の人生とは何か」

健康は最高の利益である。
満足は最高の財産である。
信頼は最高の仲間である。
涅槃は最高の幸福である。
ダンマパダ204

ブッダは、最高の幸福は「涅槃」
(執着ゼロ状態)であり、次に健康、満足、
信頼が続くと言っています。

健康、満足、信頼なら、日常生活を送って
いても手に入れる事が出来ます。
この中で特に「満足」は、大切です。
「満足」は、高価なものを手に入れり、
楽しい時間をすごした時に、
外からもたらされるものと思いがちですが、
実は、自分の心の働きから生まれます。

同じものを手に入れても、心が満足を
知っていれば満足出来、知らなければ
満足出来ません。

満足を知っている人は、ささいな事でも
満足して幸せな気分になれますが、
満足を知らない人は、いつも不満を抱え、
ずっと不幸なままです。


ブッダ

常に感謝の状態に在り、陰徳や、真・善・美
を意識した魂磨きを意識し、実践してゆければ、年を重ねれば重ねる程、
素晴らしい人格者になれる

それは、死んだ後、持ってゆける宝。
現世ばかり見ていても、道を誤る。



やはり幸せになりたかったら、兎にも角にも
「外に期待しない」
期待はエゴ。

サカツメさんの名言「期待は自分自身に
寄せるものであって、他人に寄せた瞬間に
甘えになる」


何事も、しがみつかない、執着の手放し。
しがみつくから、溺れる。
日常から、これあったら嬉しいケド、
別になくてもいっかっていう境地を目指す。
するとあら不思議、あったらイイナの方から
やってきたりするものだ

フと道を振り返った時、
以前より随分マシになったじゃん自分と、
自然に微笑んでいられたら、しやわせ~

オーラ

ついったのおかげで、
リズ・ブルボー師を知った

多くの人が、〈真実の愛〉に基づく態度や
行動だと思っていることは、
本当はそうではありません。
それらは、たとえば次のようなことです。
愛情、同情、献身、情熱的な恋、
所有的な振る舞い、エゴイズム、
そして相手を喜ばせること。

同情は、たしかに、他者の不幸や苦しみに
対する思いやりではあるでしょう。
しかし、〈愛〉とは別物なのです。
一般的に、同情は、同情される人を
苦しめます。
同情を受ける人は、しばしば、無意識
の内に、相手が自分より上に立っている
と感じて苦しむのです。

〈喜ばせる〉ということは、
常に、「持つ」レベルと「する」レベルに
おいて行なわれ、「在る」レベルで行なわ
れるのではありません。
あなたを〈愛する〉人が、あなたが望む時に
常にあなたを〈喜ばせる〉とは限りません。

ある人が、別の人に対して献身的に尽くし、
そして自分を〈愛〉に満ちた人だと思ったと
します。
その献身は、〈真実の愛〉に基づいていると
思われるかもしれません。
しかし、場合によっては、
それは〈真実の愛〉ではないのです。

愛情深い人たちの中には、これ見よがしに
愛情を示す人たちがいますよね。
一般的には、そういう人たちは〈愛〉が深いと
されるでしょう。
しかし、実際には、これ見よがしであることと
〈真実の愛〉とは何の関係もないのです。

私たちは、いかなる人であれ、
その人を〈所有〉することはできません。
それを知らなければならないのです。
子どもであれ、配偶者であれ、親であれ、
友人であれ、私たちは決して所有する
ことはできません。

相手を所有することを愛と取り違えている人達
もいるでしょう。
所有の表現の仕方はいろいろあると思います。
たとえば、愛する人をなんとしてでも幸せに
したいと思うのも所有の一種でしょう。

ほとんどの親が、〈真実の愛〉について学んで
いないために、それを子どもに伝えることが
できません。
ですから、いまや、あらゆる人たちが
〈真実の愛〉について真剣に学ぶ必要があるのです。

〈情熱的な恋〉が〈愛〉と取り違えられること
も多いでしょう。
私たちは、しばしば、〈情熱的な恋〉を表わす
のに、〈狂おしいほどの恋〉という言葉を使います。
あなたもまた恋愛の初期にはそうしたことを
経験したのではないでしょうか? 
つまり、恋するあまり、
理性を失ってしまうのです。

まず自分の考えや感情を〈意識化〉しなければ
なりません。
そして、この地上においては、いかなる人も
相手を幸せにすることはできない、ということを
知らなければなりません。
というのも、幸せとは、当人の心の中から
湧き出るものにほかならないからです。

あなたは、自分がどれほど人に依存しているか
分かっていますか? 
「私は◯◯を望みます」と言う場合、常にそれは
自分に関することでなければならないんです。
つまり、他者に関して何かを望んでは
ならないのです。

〈自分を愛する〉ということは、
いろいろな経験を通して学ぶことを、
自分に許してあげるということです。


好きな人を喜ばせたくて、念入りに準備して
サプライズしても、相手の趣味に合ってなけ
れば、独りよがりで終わるし。

相手が自分の思ってた通りに喜ばなくて、
不機嫌になるとか、マジかんべんw 
愛情と憎悪は、髪一重。

ちまたに溢れる愛「情」物語を、
愛とかんつがいしている以上、
悲劇は終わらない。

子供は、親のものではない。
神の子をお預かりしているという、
心構えが基本。
「所有」意識が、おかしな方向へ。
長く生きたからエライというワケでもない。
子の方が、次元高かったりするし。

何度も繰り返しますが、
愛も調和も信頼も幸せも、自分の中に見出せて
溢れ出る。
それが出来てはじめて、
正しく他者へ向かえるのだ。

light

観堂さんm(_ _)m

「大切な幸せ観」

何のために生きるの?「幸せになるため」

それじゃあ幸せってどんなこと?
「ん、わからない」となってくる。

本当はその人なりの価値観はもっているの
ですが、相談においでになった人に質問
すると、こういう返事が返ってくることは
よくあります。

同じ環境のなかでも幸せに思う人、
そう思わない人の違いがあります。

持ち家、経済的余裕、欲しいものが買える、
好きなものが食べられる、様々な贅沢ができる、
等々、物の多寡によって幸不幸を感じる
人たちもいます。

また、他から見て「あなたは恵まれているよね」
といわれる人でも、当の本人は幸せに思えな
いという人もいます。

他人から見ると豊かにみえる生活をしているの
ですが、当事者にすれば悩みが多く、
物の多寡の問題では済まされない状況に
あるから、幸せなんか感じられないということ
でしょう。

幸せの定義はとなると、これといって決まって
いるわけではなく、尺度があるわけでもなく、
それぞれが自分の心のなかで感じることで
あって、その感じ方は様々な条件のなかで
千差万別だと思うのです。

悩み苦しむあまりに、自分は何のために生きて
いるのかと自問自答することもあるでしょう。

個人個人が「何かのために生きたい」、
「誰かのために生きたい」と思える何かが
あるのは素晴らしいことで、そこに幸せを
感じる人たちもいます。

相手の喜びを自分の喜びとできたら、
これはまた素晴らしい「幸せ観」でしょう。

きょうは個人の幸せ感や、個人の生きる目的と
いうことから更に一歩踏み込んで、
人類の生きる目的というところまで
考えてみたいと思います。

世界全人類共通の目的とでも言いましょうか。

個人の感情や価値観を超えた人類共通の理想的
テーマと位置付けてもいいように思います。

ということで
『自分は何のために生きるのか』から
「人類は何のために地上で生きるのか」まで
昇華して考えられたらと思うところです。

夢、目標達成、生きがい、仕事、
何かを手に入れる、愛、家族、誰かのために、
人の役に立つ、社会に貢献する、いろいろな
経験をする、生活を楽しむ、等々。

こういうことを通して「幸せを感じる」
という考え方もあり、生きる目的とする人も
いますが、実はこれらは生きるという
プロセスのなかで生じてくる手段であり
価値観ではないだろうか。

人類が何の為に生きるのかという大きな
共通目的を考えますと、
しあわせの基本にある『心の成長』が
生きる最大のテーマのように思うのです。

人は幸せを感じた時に、
「幸せだなぁ。生きててよかった。
生きているかいがある。
これからも幸せを感じるために生きていこう」
と思うこともあるでしょう。

幸福感、生きる価値・生きがい・喜び、
こういったことは生きる励みになりますが、
逆に辛いことがあるとき、試練のとき、
悩み苦しみのなかにあるときも、
生きる目的を見失ってはならないと
思うのです。

ですから健やかな時も、病めるときも、
そのことを通じながら、人生の大きな目的を
心にもっていなければ、
小さなことで気持ちが萎えたり、
ものの考え方にブレが生じやすくなると
思います。

私がこれまで話題にしてきたことでも
ありますが、人間は何のために生きるのか?
となると、それは
『心の成長』魂のステージアップ
こそが人類のテーマとして、
変わらぬバックボーンでなければならないと
いうことです。

人によって見方や感じ方が違うのは
価値観の違いもあり、学びの違いもあり、
育った家庭環境の違いもあり、
習慣の違いでもあったりと、
それぞれだと思います。

それぞれの立場で幸せを感じ、或いは苦悩し、
その中で学ぶことも、
気づかされることもたくさんあります。

それが心の成長つまりthe spirit
(魂)の向上への要素でもあると思う。

働くこと、お金、学習と知識、遊び、夢、
愛、悩み、仕事、全ての思いや行動が
魂向上の糧になります。

物事に対するときの心のもっていき方は、
随分と自分自身の行動や結果に影響を
与えてきます。

働くために生きるとなると苦しくなりますが、
願わくば働く為に生きるというよりは、
幸せに生きる為に働きたいものです。

そして、お金の為に働く人が殆んどの世の中
でしょうが、お金のために生きるとなると
執着で潤いがなくなります。

ですから心構えとして、幸せに暮らすために
お金を得て使うという考えではどうだろうか。

ときどき子どもたちと話す機会もありますが、
勉強するために必死になりながらも、
親に叱られながら、
そして自分自身も好きではない勉強を
仕方なくやっている子もいます。

そういう子に伝えたい。

勉強するために生きるとなると殺伐として
人情味も薄れてしまいますから、勉強する
ために生きるのではなく幸せに生きるために
学べ。と。

若くて将来のある青小年たちの場合、
大いに遊び、学んでほしいのだが、
その遊びも遊びのために生きるのではなく、
幸せに生きるために遊んでほしいと
願うところです。

夢には老いも若きもないのですが、
この夢をとっても然りです。

夢を実現するために生きるというよりは、
幸せに生きるために夢をもってはどうかと。

人生には必ずついてまわるのが愛です。

しかし、愛を望むと自分が苦しくなるだけ
ではなく、相手を追い詰めることになります。

ですから、愛されることを願って生きるより、
自分の心が幸せを感じて生きるために人を
愛したらどうだろうか。

愛されるために生きるとなると自分の我に
なるが、愛することで幸せに満たされ
自分でありたいもの。

愛には押しつけもなければ、要求もなく、
あるのは、ただ愛すること。

求めることが先にたつと男も女も、
やがて心が離れるときがきます。

人生には艱難辛苦がつきものです。

悩みのなかに自らが没入してしまって日々を
悶々として生きている人もいますが、
悩むことに生きるのではなく、
幸せに生きるためによく考えて生きたい
ものです。

ただ惰性のなかで生きるのは、生きるために
生きているようなものですが、そうではなく
やはり幸せに生きるために日々を生きよと
言いたい。

こういった人生のなかでおこる出来事は、
幸不幸のすべてが目的ではなく
プロセスではと思います。

何のプロセス?

勿論、魂のステージアップのためです。

輪廻転生然りです。


どうせ自分なんかと、自己憐憫に浸ったり
他者をうらやんだりして、悩む時間があったら
内観内省し、改善出来る事を、
今からはじめる。

まずは、どうせ=その実、認められたい
の裏返しのエゴだと知る。
意外とプライドの高い人間程、
この状態に陥る。
自分がそうだったので、説得力ある~w

日常からワンサカ出てくる思い癖(エゴ)の
矯正を「素直な心」で地道にコツコツ励む事が
幸せへの第一歩

light

コチラも、ついったを通じて知った、
老子、タオの視点からの幸福論。

早島氏m(_ _)m

「幸せを感じる余裕」

幸せを感じない毎日、
それは貴方が幸せを感じる余裕がないから
ではありませんか?

実は目の前にある沢山の幸せに
気付いていないのではありませんか?

今から幸せになる方法、
無為自然の道TAOにふれてみましょう。

「日常の小さな出来事こそ幸せ」

今 幸せですか?と聞かれると、
すぐ、幸せです
と答える人は少ないかもしれません。

もっと給料があがるといい
体調がすこし悪い
最近太り気味
子供が勉強しない
夫がたよりない
もっと広い家に住みたい
株の投資がうまくいかない
仕事で難しい事案にぶつかっている
営業成績が伸びない
彼女ができない
などなど

幸せですか?
と聞かれた瞬間にうかぶ
日々の不満や 不調

では幸せって、本当の幸せって
どんなものなのでしょうか。

仕事で営業成績トップになることでしょうか
昇進することでしょうか
給料があがることでしょうか
大きな家に住むことでしょうか

妻の笑顔
ちいさいけれどリビングでくつろぐひととき
夫のいれてくれたコーヒーの香り
今日も宿題がおわらない
といって朝大騒ぎをして学校にでかける
息子の後ろ姿を見るとき

一人暮らしの都会のマンションで
太陽にたわむれるベランダの小鳥をみるとき
田舎の母からおくってきたみかんの箱

職場で声をかけてくれた
「毎日残業では体をこわしますよ 今日は早く
帰って下さい」 そんな同僚の優しい言葉

そこに本当の幸せがあるのです

幸せを感じる余裕をもちましょう
心とからだの余裕をもちましょう


心に余裕がなきゃ、視野が狭くなり、
何やったって満たされるワケもなく。
忙しいとは、心を亡くすと書く。
エンデのモモの、灰色の男の思うツボ。

みちよさんm(_ _)m

今日はね、「浮気」について書きます。

付き合っていても、結婚していても、
浮気って、結構頻繁に懸念材料になりますね。

浮気されたらどうしよう、 もあれば、
浮気しちゃった (浮気したけどどうしよう)
という、双方向であると思います。

浮気に関しては、やっぱり男性のほうが
チャンスはあると思う。

なぜなら、こういう話しにもっていくのって、
性欲が関わっているから。

でも、最近は男性だけではなく
女性側だってある。

わたしの友人で、奥さんにことごとく浮気されて
(二股どころの話しじゃなく複数いたという。。。
それも全部、旦那さんの執念で明らかになった
という。。。)大変なドロドロを経験した人もいます。

行為で 浮気 じゃなかったとしても、
Aさんと、Bさん、両方好きなんだけど、
どっちが本命かよくわからない
というのもあると思います。

実は、浮気は、スピリチュアル的に
説明つけられます。

浮気してしまう、気持ちが定まらないのは、
自分自身が本当の自分を生きていない 
ということです。

人間は、自分がよくわからないと、
他人を使って代わりに理解を求めたり、
受け入れられようとしたり、
価値を見つけたり、高めてもらおうと
するのです。

実際、恋愛自体、大なり小なりそういう
「自分を確かめたい」という目的に基づいて
いるので、そういう意識がすべて悪いわけ
ではありませんが、パートナーがいるのに
それだけでは足りない、
よそに気持ちが向いてしまう というのは
結局 「自分探し」の一環なので
誰とも絆は生まれません。

しかも「自分探し」は、(当たり前ですが)
自分の仕事です。

自分がどんな人間か 
どんなことができる人間か

何が好きで、何が嫌いか

どんなことがしたいか、したくないか

どんな魅力を持っているか

どんな要素を持っているか

それを分かってあげることは、
本来自分自身にしかできません。

でも、自分に自信を持てなくて、
そんなことがわからなかったり、
自己卑下感で、いいところが自分には
ないと思い込んでいたりすると
エネルギーの迷子みたいになってしまいます。

「わたしは誰? ここはどこ?」 
というように、
自分探しをしだすのです。

そんな 自分が迷子の状態の時には、
引き寄せの法則で、
同じような〝迷子〟が来ます。

お互いに自分を探していますから、
相手に受け入れてもらうことに必死に
なったり、依存する関係になりがちです。

男女とも、自分に好意を向けてくれる人を
つなぎ止めておきたくなります。

その相手の好意からでしか、自分を見つける
ことができないので、切りたくないのです。

自分が迷子の時は、より多くの人の好意で
自分の価値を高めようとしますから
一人では足りないので、多くの人と関係を結びがちです。

特に男性の場合は、自分の性的欲求と、
「自分を受け入れて欲しい」が一緒になっています。

単純に性的欲求のはけ口だけを求めている
わけではないのです。

このような関係はもちろん
本当の愛ではありません。

浮気は、自分探しをしている人の
特徴的な行動だと知って下さい。



よく、女性は「上書き保存」、
男性は「別名で保存」と、
パソコンの機能を使って表現したりしますが、
ホントにその通りだと思います

基本、女性が浮気をする時には、相手(彼、
旦那)にはもう気持ちがないのです。

女性が、他に行く、ということは、
もう気持ちが変わっている。

前の相手は、心にはなく、新しい相手が
〝上書き〟されていますから
もう未練はないのですね。基本は。

男性の場合は、上書きしない。
別名で保存しています。

だから、新しい人に出会う度に、
新しいフォルダができている。

ちゃんと名前も区別して、
それぞれに保存できるのです。

だから基本、元サヤに戻ろうとすると、
早いのが男性。

いつでも別名のフォルダから引っ張り
出してこれるからです。

・・・まあ、フォルダの話しはいいとして

浮気するのは性欲だけではなく
「自分がわからないがゆえの、自分探し」
ということを書きました。

やはり、これまで見てきた中で言いますと、
自分の事が自分で受け入れられなくて、
他人に受け入れて欲しい、とにかく好意、
愛をこっちに向けて欲しい、
向けてくれないと死んでしまう、くらいに
必死になっていたり、

愛が欲しくて必死だから、

実はお互いに合っていないミスマッチな関係
なのに、無理して続けていこうとしたり、
愛が欲しいがゆえに相手に何でも合わせて、
自分という存在価値を失ってしまっていると
浮気されることが多いように思います。

「あなたなしでは生きていけない」は、
ロマンティックに聞こえるかもしれませんが、

依存は、必ず負担を生みますので、
結局うまくいきません。

また、こないだも書きましたように、
こういうエネルギーには同じような人が
引き寄せられてくるので

お互いに「自分をわかって!受け入れて!
愛して!(わたし自身の代わりに)」
となって、

お互いに「ちょうだい、ちょうだい」の
恋愛になりますから
大変な苦労をすることになります。

「わたしは自分がわからない」状態だと、
たとえどんなに不毛な関係でも、
一筋の愛情がやってくるなら、どんな手を
使っても離さないようにするのです。

ないよりはマシだからです。

逆に、自分のことを自分自身で大事にして、
プライド、尊厳を失わない人は
浮気されません。

威圧とか脅しではなく、自然体で生きながらも

「変な気を起こしたらどうなるかわかっている
よね?」くらいで生きていると

ホントに相手がメロメロになって、離れる
どころか、何があっても戻ってきます。

「浮気されたら悲しいから心配・・・」

と感じる人は、今、自分を取り戻さなければなりません。

引き寄せの法則で、
自分自身を大切にしていないと、相手からも
当然大切にされないですし、

逆に、自分を失わないで生きていれば、
エネルギーが輝きますから、

それに惹かれる人しかこなくなり、

浮気どころが、「ぞっこん」になっていく
のです。

人間は、自分自身の魅力、能力、素晴らしさ
がわからないと、本当にフラフラします。

心も体も亡霊のようにフラフラするのです。

その状態では、本当の意味で
「愛すること・愛されること」が
わかりません。

お互いのフラフラからくる虚無感を埋める
ためだけの関係になるのです。

浮気されたらそれはとてもショックですが、
その時は、本当の自尊心を取り戻すチャンス
ですから、

しっかり自分に向き合ってあげてください。

「ないよりはマシ」
という残念な選択ではなく、

自分に対して最高のものを与えていく生き方
に変えるのです。

むしろ、浮気してあなたを大事にしないような
人は、こちらから願い下げ。

「わたしは自分自身に悲しい思いはさせない。
自分で自分のいいところは認めて、そして
愛していく。だから大丈夫」

としっかり自分自身に言ってあげられるように
してください。


キリのない、自分探し、ツイン探し地獄。
前の記事に載せたエックハルト師の言葉、
自分自身であろうという努力さえもやめた
ほうがいい。

それと、何度も「カルマとは」で書いてきた、
虹色のイルカちゃまの名言、
白紙になれよ。

中道を歩む為の叡智、
八正道で再教育、
誠実さを、取り戻そう。

にしても再教育て
1から叩き直しだぬw
本質に立ち返れとな。

light

どS女神w m(_ _)m

だれでも意識エネルギーで
つながりあっている。

あなたがだれかを愛した瞬間に

あなたは愛の意識でその相手と
つながっているの。

でも問題は、その愛がすぐに憎しみや嫉妬に
変質してしまうことだった。

なぜ、愛することが
嫉妬や憎しみに変わってしまったのか…。

これもとても巧妙なトリックだったわね。

愛が憎しみや嫉妬に変わってしまうのは、
あなたがじぶんの存在を、
信頼しきれていなかったから。

じぶんでじぶんを信頼できないがゆえに、

独占できない愛は、
信頼できないことになってしまう。

じぶんの意識の中心に愛はなくて、
外側にある…

愛はつねに足りないエネルギーで、
与えられることでしか満たせない…

という分離の魔術にかかっていたからなの。

でも、あなたがもし、じぶんの意識の中心に
愛が無尽蔵にあふれているものだと気付けば

そしてそれを信頼できれば

あなたはけつして愛するひとがあなたに
愛をつながなくなったとしても

恐怖に駆られることはなくなるでしょうね。

だって、あなたはあなたのなかに
溢れる愛をもっているのだから

だれかからの愛が途切れようが、
なにも怖れるひつようはないし、

さらにいえば、愛するひとに愛を与え続ければ

あなたのもとから愛するひとが去ることは
ないわ。

愛するひとはそのひとだけではなくなるわ。

だれもが愛するひとに成り得るの。



意識の方向性において、もっとも手ごわい敵は

怖れと不信です。

どんなに高い理想でつながる他者との関係、
あるいは同志の関係においても

当事者である「個人」が、自分自身の意識
に対して、怖れと不信を

もってしまっているとするならば、

他者との関係、同志の関係はいとも
簡単に崩壊してしまうからです。

大切なのは、他者を信頼する以前に、
じぶんを信頼することなのです。

じぶん自身を信頼できない者が他者を
信頼することは不可能です。

そして、じぶん自身を愛せない者が、
他者を愛することも不可能です。

なぜならば、じぶん自身を信頼できない
者の他者への信頼は

単なる従属であり、

じぶん自身を愛せない者が他者を愛する
ことは、依存をつくりだすことでしか
ないからです。

まず、己を知ることです。

そして自分自身の意識の内側を観察する
ことです。

弱さも不信感も、怖れも、迷いも
すべて観ることです。

観尽くしたときに、
ほんとうの自分を理解できます。

ほんとうの自分を理解し尽したときに、

ほんとうの自己信頼が生まれます。

謙虚さと自信は表裏一体なのです。



生きることを怖れることっていうのは
つまり「失うこと」への恐怖なのよ。

愛する存在、愛する関係、愛する時間…
そういった、あなたが心底愛している
さまざまな瞬間が、
消えてしまうのが怖いのよ。

あるいはお金や地位といった自分を守って
くれていると信じているモノやかたちを
「失ってしまうこと」が怖くてたまらない。

その究極が自分の死なの。

自分の肉体的死は、結局、
目に見えていた、手に触れていた、
それらすべてのものを「失う」ことだから。

でもね、よく考えてごらんなさい。

もし、あなたの愛する存在、愛する関係、
愛する時間が永遠のものになったとしたら、
その愛はそんなにあなたのこころを
振るわせるかしら。

あるいはお金や地位といった自分を守って
くれていると信じているモノやかたちが
永遠に存在するとしたら、
はたして挑戦することや、冒険することを
楽しめるかしら。

「失われる」からこそ、
あなたは瞬間瞬間、それらの存在、関係、
時間を愛おしいと感じているのでしょ?

あなたが限りある肉体のいのちを受け取って
あなたの限りある生命時間を「失う瞬間」
に向けて、一瞬も止まらずにすすんでいる
からこそ
あなたはすべての愛すべき存在が愛おしく
感じられるのよ。

永遠の時間・次元にもどったら、
その愛おしい瞬間は存在しない。

あなたはとても美しい次元に生きている
ということ。

そのことに気付いていないけれどね…。

そして、そのことに気付いていないからこそ
もっと「失う」ことによる愛の輝きがまぶしく
感じられるのよ。

わかった?

「失うこと」を過剰に怖れないで。

「失う」体験を躊躇しないで。

全身全霊で「失われてしまう」であろう
愛おしい存在、関係、時間を
体験し尽してね。


light

「愛と恐れは、同時に存在出来ない」

失うのが怖くて、相手のいいなりになって
しまったり、無意味に尽くしまくったり。
苦しい恋愛体験あるあるw

自分の志を貫く強さが問われている。
そこを相手に合わせて曲げてしまっては、
自分の中に芯(神)がないという事。

志について話しているのに、相手が怒ったり、
離れてゆくのであれば、行かせてあげませぅ。
それは、アナタが次の段階に来たという、
ててててってってってーレベルUpの顕れ

二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、
失敗から学び、
自分の内も外も磨き、
「真の愛とは何か」
自分なりの答えを見つけ、
いつか同じ波動、志を持つパートナーと
愛について語らえる日が来るといいすなぁ

light

愛も、感謝と一緒で、する、されるを超えた、
「愛の状態に在る」という事。

そして。
愛とは、神界の事であり、
天意と書いて「あい」と読む



sun

おまけ

太陽さんの左にマカバ氏w
焦点合ってない時に良く撮れる

マカバ

おもろすなゲームみっけ
シェア有難うございまふ
やってみたら、ほぉ~にゃるへそぉ~
という結果に。
自分の人生をあらわす歌は、月の繭でしたぁ
ブログに貼ったゼ。結果どうなるか楽しみ




Comment

Re: タイトルなし 

サンゴさん♪いつも本当に有難うm(_ _)m

なんか出てまんなw
兄弟にキモイと言われまんたwww

ブッダや空海、洪自誠と、基本に立ち返る為の勉強してると
じーちゃんになった気分でふ^ ^;

心理テスト、1時間以内にブログや日記に貼り付けると
かなうカモよって。
リンダリンダかぁ、じゃテーマは愛だネ♪

  • posted by  
  • URL 
  • 2015.11/03 22:49分 
  • [Edit]

 

愛さん♪

久々コメします^ ^
昨日は、ありがとうです♪

愛さん手から何かでてますね♪
思わず保存しました
お部屋の写真は待ち受けと写真にして部屋に
飾らせてください^ ^あの紫の光すごいな〜♪

今回の記事濃厚でなんども読んでます^ ^

今日は手塚治虫さんの誕生日なんですね♪
ブッタDVDでみてました^ ^
本よさそうですね♪みてみたいです

ツイッターの心理テストやってみました^ ^
私の人生の歌はリンダリンダ⚡️でした。
これおもしろかったです!

  • posted by サンゴ 
  • URL 
  • 2015.11/03 21:32分 
  • [Edit]

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